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江戸時代の地図の取りあげ方、舩杉批判1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/07/22 21:51 投稿番号: [15687 / 18519]
   半月城です。

   島根大学の舩杉氏は専門が歴史地理学だけに、さすがに絵図や古地図にくわしく、最終報告書に数多くの古地図などを掲載しました。これまで絵図や古地図は、日本では舩杉氏が指摘するように「その記載の不正確さから、研究が重要視されていない」だけに、異例の取り組みといえます。
   元来、地図は視覚的に訴える力が大きいだけに、ややもすると数枚の古地図をとりあげて領土を論じがちですが、実のところ、不正確な古地図は国際裁判においてはせいぜい伝聞証拠くらいの価値しか持たず、特に測量にもとづかない地図は証拠能力に乏しいのが実状です(注1)。

   それにもかかわらず、舩杉氏がそうした古地図などをなぜ熱心に追求するのか、率直な疑問がわきます。それを同氏はこう記しました。
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   不正確かどうかを重要視するのは、絵図を、現代の価値観をもって分析する視点であるといえる。検討の際には、現代の地図に比べて不正確かは重要ではない。絵図の作製過程や作製の背景を分析することは当然のこと、それだけでなく、絵図の分析を通して、絵図の作製された時代の空間認識、価値観を読み取ることが重要であるといえる(P105)。
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   舩杉力修氏は、最終報告書においてどのような「検討」を目的としているのか不明ですが、ともかく「絵図の作製された時代の空間認識、価値観を読み取ることが重要」と考えているようです。
   そう説くなら、舩杉氏はなぜ最も重要な『公文録』付属の「磯竹島略図」について「空間認識、価値観を読み取る」ことを避けたのか、また同図の写真をなぜ最終報告書に載せなかったのか疑問が残ります。同氏の弁はこうです。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   この絵図(磯竹島略図)は江戸時代の絵図であるため、経緯度も記されていない。つまり、この絵図は江戸時代中期の空間認識を示したものである。史料を検討する際には、こうした江戸時代の添付資料ではなく、明治初期における日本政府の竹島・松島に対する地理的認識について考慮する必要がある(P155)。
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   経緯度も記されていない江戸時代の絵図は「史料を検討する際には」無用と言わんばかりの書きぶりですが、これは先の、絵図における空間認識の重要性を説いた前言とどう調和するのでしょうか?   ともあれ、舩杉氏は「磯竹島略図」に関する磯竹島や松島が現在の欝陵島や竹島=独島と読み取れるのかどうかについては言及を避けました。
   同図の解釈について最終報告書の責任者である下條氏は「『磯竹島略図』には、現在の竹島と磯竹島(現在の欝陵島)が描かれ」たと記しました。その一方で同会において地理・地図担当の舩杉氏がなぜ磯竹島と松島の比定を避けたのか理解に苦しみます。
   なお、舩杉氏が上記の口実に用いた「明治初期における日本政府の竹島・松島に対する地理的認識」ですが、これは前回書いたように、担当部署である内務省の地図や地誌から両島は日本領ではないことが読み取れます。
(つづく)
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