竹島

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最近の『隠州視聴合紀』研究1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/06/03 21:10 投稿番号: [15584 / 18519]
   半月城です。
   『隠州視聴合紀』の著者を多くの人は斉藤豊仙としてきましたが、これは誤りのようです。実は、その親である斉藤豊宣が書いたとするのが正しいようで、池内敏氏はこう記しました。
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   はじめ「斉藤豊宣」とされていたものが、川上健三以後は「斉藤豊仙」と表記するのが一般化していることがうかがえる。その一方で松浦康麿[1988]を受けてであろうか、島根県では「斉藤豊宣」とするのが一般的であった。斉藤豊宣と斉藤豊仙が親子であることは松浦康麿[1988]が初めて指摘したが、そのことと『隠州視聴合記』の著者との関係については、これまできちんと解明されてこなかった(注1)。
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   なお、池内氏自身 2005年まで著者を斉藤豊仙としていましたが、それを修正した形になりました。このように、学者は自らの論説を修正するときはその理由を明らかにするのが学者なりの「作法」といえます。下條正男氏も見習ってほしいものです。
   この作法にしたがって、内藤正中氏も『隠州視聴合記』の解釈を変更しました。対象になったのは、国代記における日本の限界をめぐる解釈です。まずは、国代記の口語訳を記します。

国代記
   隠州は北海の海中にあるので隠岐島という。これより南は雲州美保関までは35里、東南は伯州赤崎浦まで40里、西南は石州温泉津まで58里、北から東は住むべき地がない。西北に一泊二日行くと松島がある。また一日ほどで竹島がある・・・
   この二島は無人の地である。高麗をみるに雲州より隠州を望むごとくである。しからば即ち日本の西北(乾地)は此州をもって限りとなす(注2)。

   内藤氏は、この文の最後に書かれた「此州」を「この島」と解釈する田川孝三説に賛成して、日本の西北の限界を竹島(欝陵島)としましたが、今回その説を改めてこう記しました。
(つづく)
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