Re: 于山島:日本人ハ松島ト名ク
投稿者: take_8591 投稿日時: 2007/04/18 13:43 投稿番号: [15526 / 18519]
>『朝鮮開化史』(博文舘, 1901)「地理編江原道」欝陵島の項
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その群島は、東海上60余里にある鬱陵島である。その群島は、古の于山国である。その群島は、大小6島により構成され、その中著名なるは于山島(日本人は松島と名く)と竹島である。(中略)
本島は、明治156年の頃日本が朝鮮に譲ったが、日本人の伐木・密貿易は止まなかった。貨物売却の時口銭百分の二を官に納し、木材は船一隻に百両を納し、以って公然の密貿易を営めり。
①
著者について
>「松島ハ竹島ヨリ我近キ方ニアレハ日本ニ属シ」(松島之議二)として
>領有化を謀った渡邉洪基らが設立した、興亜会の中国語学校で学んだ恒屋盛服
であれば、リャンコ島を元禄の竹島一件以来の日本領と考えていたに相違なく
②
東海に入る60余里
鬱陵島を紹介するに「東海に入る60余里」の文言を用いており、鬱陵島から更に「東海に入る50余里」にあるリャンコ島を念頭においていたとは考えられません。
③
日本人は松島と名く
1901年当時「日本人は松島と名く」島は鬱陵島であり、于山島=鬱陵島、竹島=チェクドと解するのが相当です。
ところで、後段に「官に納し、以って公然の密貿易を営めり」とあります。
この「官」につき、朝鮮政府・鬱陵島郡主・日本政府の3種の解釈が可能です。私は鬱陵島郡主への賄賂と解し、大韓帝国という国家の実体は存しなかったとの思いを強くしました。
これは メッセージ 15525 (ararenotomo さん)への返信です.
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