Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/09/10 22:38 投稿番号: [14891 / 18519]
te2222000さん
[#14880へのコメント]
斉藤豊仙は、国代記の冒頭、隠州から北西方向に何があるかを記述した箇所で、
竹島(現鬱陵島)の割注として「多竹魚海鹿(竹・魚・海鹿が多い)」を挿入
しました。割注「多竹魚海鹿」は、竹島の主な産物の記述したもので、そこには
経済的な意味があります。そして割注「多竹魚海鹿」は、豊富な竹・魚・海鹿から
経済的な活動を通して何がしかを得たいとの経済的な興味を感じ、それを示唆して
いるものと、私は受け止めています。
斉藤豊仙は、竹島(現鬱陵島)の豊富な竹・魚・海鹿に "経済的興味" を感じて
いたかどうか、そして割注「多竹魚海鹿」はそのことを示唆していると受け止める
ことについて、te2222000さんのお考えをお聞きしています。
[#14881へのコメント]
斉藤豊仙の国境画定へのスタンスについては、分かっていることから、つまり
国代記の冒頭の記述、隠岐郡代を務めたとの経歴、及び若干の時代背景から下記
のように推測しています。このような推測を「想像の想像」と言いました。
#14614
| 地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
|権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
|却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
|従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。
| 斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
|から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
|当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。
te2222000さんとの議論で、このような私の推測を肯定、或いは否定する新しい
展開を期待しましたが、te2222000さんから、そのような展開に役立つ情報ないし
議論はありませんでした。
従って自信がでたかどうかについて、否定されなかった分だけ、その妥当性が
認められるようになったと思っていますが、このことは te2222000さんとの間の
議論からだけですので、私の中では「未だ何とも言えない(変わらない)」という
ことです。ところで、何故そんなに相手の「自信」を気になさるのですか?
[#14882へのコメント]
>私は、当時の漁民は、朝鮮との関係について特に不安はなかっただろうと思っています。
>そして、仮に漁民に不安があったことを認めても、郡代は特に不安に思わなかった
>可能性があります。
>「具体的に何かご存知ですか」という質問は、「漁を行なう上で無視できない不安が
>朝鮮の関係で存在する」ことを前提にしているので、そもそも私には答えられない
>のですが、敢えて答えれば「何もしないこと」となるでしょうか。
>ただ、地元漁民と郡代は立場が違うので、地元漁民は安心して漁を営むために、国境の
>画定が必要だと感じていたが、郡代は不要だと判断したことはあり得ることを指摘しています。
斉藤豊仙は「何もしない」どころか自著の中で国境を論じたのですから、そのような
(国境の画定は不要と判断するような)消極的な姿勢ではなかったと思います。
>#14873で私の挙げた☆の例は、僅かな可能性しかないとお考えになるのですね。
>理由が示されていないので、私はそう思わない、としか答えられません。
>理由を書いていただけたら、それについて意見を述べさせていただきます。
上記が、te2222000さんは「僅かな(ありもしないような)可能性を論じている」
のではないかとした理由の一つです。
またte2222000さんは、斉藤豊仙の述べる日本の国境は「竹島および松島」を
含まない「隠州」であると、解釈されました。
地元漁民の不安を認め、緊張感を知っていたとする元郡代が、「竹島および松島」は
日本ではないと、自著の中でわざわざ表明することもありそうにないことです。
[#14883へのコメント]
>shuku_remusさんのご主張は、以下の考えを前提にしているように思います。
>
>◎斎藤豊仙は「竹島で経済活動を行なう権利が日本にあることを明確にした取り決めは、
>日朝間に存在しない」と思っていた。
相変わらず、私の考えを作文して、その作文に異論を唱えておられる(自作自演)。
te2222000さんが何故このように思われるか、理由が分かりません。と言うか、先ずは
ご自身のお考えを述べればよいことです。
shuku_remus
[#14880へのコメント]
斉藤豊仙は、国代記の冒頭、隠州から北西方向に何があるかを記述した箇所で、
竹島(現鬱陵島)の割注として「多竹魚海鹿(竹・魚・海鹿が多い)」を挿入
しました。割注「多竹魚海鹿」は、竹島の主な産物の記述したもので、そこには
経済的な意味があります。そして割注「多竹魚海鹿」は、豊富な竹・魚・海鹿から
経済的な活動を通して何がしかを得たいとの経済的な興味を感じ、それを示唆して
いるものと、私は受け止めています。
斉藤豊仙は、竹島(現鬱陵島)の豊富な竹・魚・海鹿に "経済的興味" を感じて
いたかどうか、そして割注「多竹魚海鹿」はそのことを示唆していると受け止める
ことについて、te2222000さんのお考えをお聞きしています。
[#14881へのコメント]
斉藤豊仙の国境画定へのスタンスについては、分かっていることから、つまり
国代記の冒頭の記述、隠岐郡代を務めたとの経歴、及び若干の時代背景から下記
のように推測しています。このような推測を「想像の想像」と言いました。
#14614
| 地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
|権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
|却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
|従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。
| 斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
|から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
|当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。
te2222000さんとの議論で、このような私の推測を肯定、或いは否定する新しい
展開を期待しましたが、te2222000さんから、そのような展開に役立つ情報ないし
議論はありませんでした。
従って自信がでたかどうかについて、否定されなかった分だけ、その妥当性が
認められるようになったと思っていますが、このことは te2222000さんとの間の
議論からだけですので、私の中では「未だ何とも言えない(変わらない)」という
ことです。ところで、何故そんなに相手の「自信」を気になさるのですか?
[#14882へのコメント]
>私は、当時の漁民は、朝鮮との関係について特に不安はなかっただろうと思っています。
>そして、仮に漁民に不安があったことを認めても、郡代は特に不安に思わなかった
>可能性があります。
>「具体的に何かご存知ですか」という質問は、「漁を行なう上で無視できない不安が
>朝鮮の関係で存在する」ことを前提にしているので、そもそも私には答えられない
>のですが、敢えて答えれば「何もしないこと」となるでしょうか。
>ただ、地元漁民と郡代は立場が違うので、地元漁民は安心して漁を営むために、国境の
>画定が必要だと感じていたが、郡代は不要だと判断したことはあり得ることを指摘しています。
斉藤豊仙は「何もしない」どころか自著の中で国境を論じたのですから、そのような
(国境の画定は不要と判断するような)消極的な姿勢ではなかったと思います。
>#14873で私の挙げた☆の例は、僅かな可能性しかないとお考えになるのですね。
>理由が示されていないので、私はそう思わない、としか答えられません。
>理由を書いていただけたら、それについて意見を述べさせていただきます。
上記が、te2222000さんは「僅かな(ありもしないような)可能性を論じている」
のではないかとした理由の一つです。
またte2222000さんは、斉藤豊仙の述べる日本の国境は「竹島および松島」を
含まない「隠州」であると、解釈されました。
地元漁民の不安を認め、緊張感を知っていたとする元郡代が、「竹島および松島」は
日本ではないと、自著の中でわざわざ表明することもありそうにないことです。
[#14883へのコメント]
>shuku_remusさんのご主張は、以下の考えを前提にしているように思います。
>
>◎斎藤豊仙は「竹島で経済活動を行なう権利が日本にあることを明確にした取り決めは、
>日朝間に存在しない」と思っていた。
相変わらず、私の考えを作文して、その作文に異論を唱えておられる(自作自演)。
te2222000さんが何故このように思われるか、理由が分かりません。と言うか、先ずは
ご自身のお考えを述べればよいことです。
shuku_remus
これは メッセージ 14880 (te2222000 さん)への返信です.
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