于山は国の名前で 鬱陵は島の名前で
投稿者: hotarutondekoi2006 投稿日時: 2006/06/14 18:00 投稿番号: [14633 / 18519]
引用:
http://kuyou.exblog.jp/1818339/「啓発書」
是白乎〓 松竹于山等島 僑寓諸人 皆以傍近小島當之 然既無圖籍之可據又無郷導之指的 清明之日 登高遠眺 則千里可窺 以更無一拳石一撮土 則于山指稱鬱陵 即如耽羅指稱濟州
李奎遠は復命書で「鬱陵島に住んでいる人は、松竹島や于山島を全て鬱陵島近傍の小島にあてている。晴天の日に高台に登って、千里を眺めたが、一欠片の石も、土もなかった。鬱陵を于山と呼ぶのは、済州を耽羅と呼ぶのと同じである。」と答えている。つまり于山は国の名前で、鬱陵は島の名前であると明確に断言しているのである。ー引用おわりー
ほたる,
李奎遠は復命書で于山は国の名前で、鬱陵は島の名前であると明確に断言しているのであるから
つまり于山国の領域は、鬱陵島
観音島
チクト(于山島)と成るのでしょう
これらは承政院日記に記録されたのだろうか?
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