石島は観音島か
投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/05/30 22:11 投稿番号: [14528 / 18519]
勅令41号により、鬱陵全島・竹島と共に、鬱島郡の管轄区域とされた石島について、日本側は観音島、韓国側は獨島に比定し論争が続いています。石島がどちらに同定されるかによって、両国の領有権主張の重要根拠の一つが崩れるので、議論は熱くならざるを得ないようです。石島の特異さは、石島という語が本勅令で初めて見られ、しかもその後、観音島・獨島の何れに対しても使われなくなったことにあると思います。
石島を観音島とするのは、観音島が鬱陵島近くの島では竹嶼に次いで大きく、他は小さな岩礁に過ぎないことも理由の一つでしょう。観音島は防牌島?・島項或いは島頂・Ggak sae seom・鼠項島・観音崎などと記され、時には于山島にもされました。しかし、石島と呼ばれたことは無かったようです。石島=観音島について本掲示板の論者がよく参考にするのはToron Talker氏の下記HPと思われます(例えばNos.9112, 14278)。
http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/ishijima41.html
それには次のように書かれています「何故、于山島(観音島)が石島になったのか?と言うことですが、私自身は、観音島の近くに「石圃」という村があることから、それとの関連性を考えてしまう。- - 石圃(Seokpo・石浦)からは、竹嶼と観音島を展望できますし。。。。つまり、勅令41号にある石島とは、観音島のことだと思う。ただ、于山島->石島になる関係がなー、よくわかりません w」。要約すれば、石圃・石浦など石のつく地名があり、そこからは観音島が展望できるので石島とした、とのようですが、これでは、自認されているように、余りにも弱いでしょう。「明石・釜石・石巻」近くの島は石島?
そこでもう少し具体的に、観音島近くに亭石浦という地名があるので、石島との関連を検討します。亭石浦とは亭々と聳え立つ石のある浦の意味でしょう。llllowollllさんの示された(No.1506)サムスナム(三石)の写真を見ると、亭石は当にピッタリの感じです。これは海上にあるので亭石島、鬱陵島東北端には植生に乏しい多くの小島があるので、総称して石島としたのなら頷けます。奥原碧雲『竹島及鬱陵島』(1907)の地図では、亭石浦のすぐ北に三本立があります。
なお、http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/hekiunmap.html では、奥原(1907)の鬱陵島見取圖が拡大され、亭石浦の振り仮名は明らかにチョンドロボと読めますが、本文では、なぜか「亭石浦を「ちょんぽどん」と発音をするようです」となっています。
次に、観音島の形状は石島に相応しいかを見てみます。
① http://myhome.shinbiro.com/~shkimhp/urd/photo/gwdo.jpg
② http://blog.goo.ne.jp/yoshi1963jp/e/47c98e13bca94cf47dcdc5d63e310893
①はこの板でしばしば掲示された観音島の全景ですが、頂部は平坦で緑に覆われ、石島のイメージからは遠いように感じます。ただし、海岸は海食崖に囲まれ、②の観音島(2)の写真のように、海食崖に焦点を合わせれば石島の感じがしないでもありません。
②の観音島(1)や『日本地理風俗大系17』(新光社, 1930)「鳥項嘴と観音島」の写真を見ると、海食崖には柱状節理とそれに直交する板状節理がよく発達しているのが分ります。これを見て私は防牌島を想起しました(防はツツミ、牌は板の意)。防牌島は正祖実録(巻40, 1794年)に「前有三島、在北曰防牌島、在中曰竹島、在東曰瓮島」と記され、川上健三(『竹島の歴史地理学的研究』古今書院, 1966)が「島名からすれば、鼠項島、竹嶼、瓮島の三島を指すと考える方が適当である」と示唆した島です。
石島を観音島とするのは、観音島が鬱陵島近くの島では竹嶼に次いで大きく、他は小さな岩礁に過ぎないことも理由の一つでしょう。観音島は防牌島?・島項或いは島頂・Ggak sae seom・鼠項島・観音崎などと記され、時には于山島にもされました。しかし、石島と呼ばれたことは無かったようです。石島=観音島について本掲示板の論者がよく参考にするのはToron Talker氏の下記HPと思われます(例えばNos.9112, 14278)。
http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/ishijima41.html
それには次のように書かれています「何故、于山島(観音島)が石島になったのか?と言うことですが、私自身は、観音島の近くに「石圃」という村があることから、それとの関連性を考えてしまう。- - 石圃(Seokpo・石浦)からは、竹嶼と観音島を展望できますし。。。。つまり、勅令41号にある石島とは、観音島のことだと思う。ただ、于山島->石島になる関係がなー、よくわかりません w」。要約すれば、石圃・石浦など石のつく地名があり、そこからは観音島が展望できるので石島とした、とのようですが、これでは、自認されているように、余りにも弱いでしょう。「明石・釜石・石巻」近くの島は石島?
そこでもう少し具体的に、観音島近くに亭石浦という地名があるので、石島との関連を検討します。亭石浦とは亭々と聳え立つ石のある浦の意味でしょう。llllowollllさんの示された(No.1506)サムスナム(三石)の写真を見ると、亭石は当にピッタリの感じです。これは海上にあるので亭石島、鬱陵島東北端には植生に乏しい多くの小島があるので、総称して石島としたのなら頷けます。奥原碧雲『竹島及鬱陵島』(1907)の地図では、亭石浦のすぐ北に三本立があります。
なお、http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/hekiunmap.html では、奥原(1907)の鬱陵島見取圖が拡大され、亭石浦の振り仮名は明らかにチョンドロボと読めますが、本文では、なぜか「亭石浦を「ちょんぽどん」と発音をするようです」となっています。
次に、観音島の形状は石島に相応しいかを見てみます。
① http://myhome.shinbiro.com/~shkimhp/urd/photo/gwdo.jpg
② http://blog.goo.ne.jp/yoshi1963jp/e/47c98e13bca94cf47dcdc5d63e310893
①はこの板でしばしば掲示された観音島の全景ですが、頂部は平坦で緑に覆われ、石島のイメージからは遠いように感じます。ただし、海岸は海食崖に囲まれ、②の観音島(2)の写真のように、海食崖に焦点を合わせれば石島の感じがしないでもありません。
②の観音島(1)や『日本地理風俗大系17』(新光社, 1930)「鳥項嘴と観音島」の写真を見ると、海食崖には柱状節理とそれに直交する板状節理がよく発達しているのが分ります。これを見て私は防牌島を想起しました(防はツツミ、牌は板の意)。防牌島は正祖実録(巻40, 1794年)に「前有三島、在北曰防牌島、在中曰竹島、在東曰瓮島」と記され、川上健三(『竹島の歴史地理学的研究』古今書院, 1966)が「島名からすれば、鼠項島、竹嶼、瓮島の三島を指すと考える方が適当である」と示唆した島です。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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