竹島

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Re: 韓国のデタラメさの簡潔な明解な指摘②

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/21 21:18 投稿番号: [13115 / 18519]
「根拠の無い主張」

「朝鮮に戻った彼は、日本側(鳥取藩)に鬱陵島と于山島をもって朝鮮の地界とする、つまり両方が朝鮮領であると告げたとか、鳥取藩主と相対で話したなどと朝鮮側に報告しています。しかし、そのような事実はなく出鱈目です。ところが、安龍福の語った〈于山島は朝鮮領〉というくだりは朝鮮王朝側の文献に記載されていったのです」

帝京平成大学教授で、前衆議院議員の米田建三氏も強調した。

「韓国側は明示出来る根拠なしに、歴史的経緯故に韓国領だと言います。一方日本側には竹島が日本領であることを明示する多くの歴史的経緯と資料があります。江戸時代初期の1618年には、鳥取藩の回船業者、大谷甚吉と村川市兵衛の両名が鳥取藩を通して幕府に鬱陵島への渡海・開発を願い出て許可されています。彼らは鮑やアシカ漁で大きな利益を得ていました。地図を見て下さい。両名が渡海・開発を許された鬱陵島は竹島の北東、朝鮮半島寄りの位置にあります。つまり江戸時代には、竹島のみならず、ずっと先の鬱陵島も日本領だったのです」

だが1696年(元禄9年)徳川幕府と李朝の間で鬱陵島の帰属問題が生じ、幕府は争いを避けるために日本人の同島への渡海を禁じてしまった。江戸時代の日本は、武器としての刀が心を写しとる鑑となった時代でもある。争いを好まなかった時代なのだ。

結果として鬱陵島は朝鮮領となった。しかし、その時でさえも竹島は明白に日本の領土であり続けたのだ。では、彼らの主張する近年の歴史的根拠はどうか。

韓国側は、日本が竹島を島根県に組み入れたのは1905年で、そのとき韓国を含む他国が抗議しなかったから日本領だと主張するのは理不尽だ、なぜなら、韓国は前年の2月に日韓議定書を、8月には第一次日韓協約を結ばされて外交権を奪われており、発言さえ出来なかった状況だったからと主張する。

米田教授は、この主張も誤りだと述べる。
「日韓議定書は韓国の外交権とは無関係です。第一次日韓協約によって日本が韓国の外交権を管轄した事実はありません。また、日本政府が竹島を島根県に編入したのは当時の日本の特殊な事情があります。明治維新で近代国家に成長しようとしていた日本はあらゆる点で国際法を重視しました。領土も国際法に沿って規定すべきだと考え、日本領である竹島を島根県に編入した。それが国際社会の一員としての決まりだと考えたからです」

ちなみに日本が韓国の外交権を管轄するのは1905年11月の第二次日韓協約以降、竹島編入の9ヶ月後である。

次に韓国側は、サンフランシスコ講和条約には、竹島を日本領とするという記載がないために、日本は竹島を放棄し韓国の領土となった、と主張する。
<続く>
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