竹島

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Re: 韓国のデタラメさの簡潔な明解な指摘③

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/21 21:18 投稿番号: [13116 / 18519]
摩擦を恐れず主張せよ

この点については、国立国会図書館参事の塚本孝氏が興味深い論文を『中央公論』(2004年10月号)に寄せている。以下、塚本論文の要旨である。

1951年、米国はサンフランシスコ講和条約の草案を作成し、関係国に通知した。韓国は戦勝国ではなかったが、意見を述べる機会を与えられた。そこで1951年7月、梁佑燦(ヤンウチャン)駐米韓国大使がダレス国務省顧問を訪ね要請した。日本が朝鮮の独立を承認して、放棄する領土として、米国の草案が「済州島、巨文島及び鬱陵島」となっていたのに、「独島及び波浪島」を加えて欲しいというのだ。

波浪島は済州島の沖合にある水面下5メートルの暗礁で領有権の対象とはならない。独島、つまり竹島についてはダレス長官が朝鮮併合前に朝鮮領であったのかと尋ねた。梁大使はそうだと答えた。ダレスは、そうであるなら日本が放棄すべき領土に独島を含めることには問題がないと答えた。

1951年8月10日、米国は韓国に書簡で正式に回答した。同書簡には韓国の竹島に関する要求について、「遺憾ながら賛同出来ない」とある。独島、又は竹島として知られる同島は、「我々の情報によれば朝鮮の一部として扱われたことが一度もなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません」との記述だ。

梁大使の偽りの説明は却下された。外交交渉では竹島を入手出来ないと判断した李承晩政権は、翌年の1952年1月18日、サンフランシスコ講和条約が発効される4月28日を前に、国際法を無視した「隣接海洋の主権」を主張して、公海上に李承晩ラインを引き、その中に竹島を入れてしまった。1954年9月2日には、竹島の武力占拠を決定し、警備兵を配備して現在に至る。

塚本論文からも、韓国側の手法の訝しさが見えてくる。韓国の古い文献を丹念に調べた下條教授の研究結果とも合わせると、彼らの主張が虚偽から生まれたこと、その主張を通すために国際法も外交の常識も無視した次元で文字通り力ずくの戦術が展開されてきたことは明らかである。

理は韓国に非ず、日本にある。しかし、日本も深刻な問題を抱えている。それは、これだけ明確な根拠がありながら、政府はこれに基いた反論を堂々としてこなかった。

常に半歩下がるかのような姿勢で抗議をする。摩擦を恐れて遠慮する。これで国家か、政府か。こうした日本外交の隙を突いて、韓国は竹島に灯台や港を建設し、観光便まで開設した。多くの日本人は韓国の実行支配が確実に進んでいると懸念している。

だが、領有権論争が顕在化した後のいかなる措置も、国際司法裁判では考慮の対象とはならない。韓国の竹島における現在の“実行支配”は国際法上、全く無意味なのだ。

日本は今、何をなすべきか。まず、竹島は日本領という根拠として下條教授らの研究結果をとり入れる形で、韓国側の資料を用いながら政府レベルで広く、国際社会に主張することだ。韓国の実効支配は国際法上無意味であることを忘れずに、粘り強く日本の主張を継続すればよい。

当然、摩擦は生ずる。しかし摩擦を恐れる限り、事態は改善されない。必要な摩擦を避けることなく国際社会に説明を続けると同時に、健全な日韓関係を守っていくために、韓国への協力を日本側から呼びかけていくことだ。

余力の少ない側は守りの姿勢を取る。更に高じて攻撃の姿勢に転ずる。余力のある日本こそが、日本を拒み続ける韓国に正論を主張しつつ、未来に向けての協力の手を差しのべ続けることだ。<終わり>
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