Re: 太政官指令と江戸時代の松島領有意識
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/01/16 05:41 投稿番号: [12432 / 18519]
ahirutousagi2さん
コメントありがとうございます。
>両島の隠岐からの距離の差は理由にはならないと思います。
>それは仰るように主観的に過ぎるのではないでしょうか。
>というのは、それを考えるには渡辺洪基の理解が
>それほど異端的であったかどうかの再検討も必要であるし、
すみません、「それを考えるには」の「それ」は何を指しているのでしょうか。
何となく「両島の隠岐からの距離の差が、一方を版図内と認識し、他方を版図外と認識する理由になるか」を指しているような気がするのですが、その場合、最初の二文は以下の書き間違いということでしょうか。
×
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両島の隠岐からの距離の差は理由にはならないと思います。
それは仰るように主観的に過ぎるのではないでしょうか。
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○
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両島の隠岐からの距離の差が理由になるかどうかは分からないと思います。
それが理由にならないとするのは、仰るように主観的に過ぎるのではないでしょうか。
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ご確認お願いします。
>当時の地図において竹島・松島(つまりアルゴノート・
>ダジュレー)が鬱陵島のところに描かれてリアンクールは
>描かれていない(陸軍・文部省)ような情況を見ると、
私は不勉強で、おっしゃる地図のことはよく知らないのですが、そのような地図があるならば、それは「リアンクール岩の存在自体の認識を欠いており、当然それが日本領であるという明確な認識はない」というものなので、むしろ私の主張を支持するように思います。
>三島一括で「版図外」とすべきかどうかは
私が言っているのは「北の二島については明確に版図外とし、また、リアンクール岩については版図内という明確な認識がない(存在自体を認識していない場合を含む)」ということなので、『三島一括で「版図外」』という表現は、ちょっとニュアンスが異なります。
これは メッセージ 12419 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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