必死すぎ
投稿者: sengakunoppo 投稿日時: 2005/09/16 10:41 投稿番号: [11025 / 18519]
何か、昔友達の輪に入れてもらえなくて外で指をくわえて眺めてる小学生そのものだね
ガムと理屈はどこにでもくっつくんだよ
それは言葉というもののもつ本質的な不完全性から来ている
なので我々は暗黙の共通認識と理解を前提として会話をする
それが人と人とのコミュニケーションとなる
共通理解を無視すればいくらでも屁理屈は可能
例えば、「おまえ馬鹿だなあ」この一言にしても、おまえの定義は何だ、馬鹿の定義は何だ、馬鹿にはいろんな意味や基準があるから、そんなその基準と範囲を明確にしないかぎりその指摘はあたらない、、などなど、つまり「言葉のコミュニケーション」には屁理屈などいくらでもつけられるってこと
君が馬鹿と言われ誰からも会話不能と言われるのは、誰にも相手にされない屁理屈を論理と勘違いして自己完結しているから
そして♪や爆笑などという虚勢と共に必死に自己防衛の連続書込みする哀れな姿だけが異様に突出して周りから浮きまくり面白がられているのが現実
現実を理解しろ
これは メッセージ 11024 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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