>本朝地理志略と隠州視聴合紀の竹島
投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/23 19:42 投稿番号: [10201 / 18519]
【引用開始】
齋藤勘介は、「戍亥間行二日一夜有松島又一日程有竹島俗言磯竹島多竹魚海鹿此二島無人之地見高麗如自雲州望隠岐」と「本朝地理志略」の簡を補い、竹島を詳述した。ところが最後で、「然則日本之乾地以齋藤勘介為限矣」と日本の西北境を隠州に後退させたのは何か不自然である。
【引用終わり】
後退させたと勝手読みするから、不自然なのだわ。
「然則日本之乾地以此州為限矣」は、此州(シマ)をもって「日本の西北のクニ境」とすると読めばよいのだわい。
「戍亥間行二日一夜有松島又一日程有竹島俗言磯竹島多竹魚海鹿此二島無人之地見高麗如自雲州望隠岐然則日本之乾地以此州為限矣」
隠岐の古紀などからの「隠岐三子島、凡四島、分曰、島前、島後、属島百七十九、総称曰隠岐小島、別有松島、竹島属之」に、齋藤勘介(豊仙)によって加えられた、上の文言の此州を隠州と無理読みしようとするから不自然なのださ。此二島を承けて此州(シマ)と読むべきなのじゃよ。解ったかい貴公子殿。
これは メッセージ 10199 (kikousidayo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/10201.html