竹島

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新発見「朝鮮舟 着岸一巻之覚書」2

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/07/18 20:47 投稿番号: [10183 / 18519]
   余談はそこそこにして、覚書で核心になる部分を紹介します。原文は文末に記しますが、まずは現代語に仮訳してみました。

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「元禄九丙子年 朝鮮舟着岸一巻之覚書」
朝鮮船が着岸した一巻の覚書
  隠岐国、島後
   船の長さ、上口 5.4m, 下口 3.6m

1.朝鮮の舟一隻、幅は中ほどの上口で 2.4m, 深さ 1.26m
  ・・・
1.安龍福がいうには、竹島を竹島という。朝鮮の江原道 東莱府に鬱陵島という島があり、これを竹の島というとか言っている。すなわち、朝鮮八道の地図に記されているのを持っている。

1.松島は、江原道のうち子山という島があるが、これを松島というそうである。これも朝鮮八道の地図に記されているという。

1.今年3月18日、朝鮮国を朝食前に出港、同日の夕方竹島へ着いて夕食を食べたと言っている。

1.舟の数は13隻で、人数は1隻に9人、10人、11人、12-3人、15人ほど乗り、竹島まで来たとのこと。人数の総計を聞いたが、答えなかった。

1.13隻のうち、12隻は竹島にてワカメやアワビを採ったり竹を伐るという。今、こうしたことを行なっている。今年、アワビは多くないと言っている。

1.安龍福がいうには、自分が乗ってきた船の11人は伯耆へ来て、鳥取藩の伯耆守様へ「おことわりの儀」があってやって来たという。順風満帆で隠岐へ寄ったという。伯耆へ渡海する予定である。
   5月15日、竹島を出港、同じ日に松島へ着く。16日に松島を出て18日の朝、隠岐の西村の磯へ着く。20日、大久村へ入港という。
   西村の磯は荒磯なので、18日、中村へ入港。この〓湊は初めてなので、翌19日〓所を出て、その晩は大久村のかよい浦という所に船をつないだ。20日、大久村へ来たという。

1.竹島と朝鮮の間は 120km, 竹島と松島の間は200km あるとのこと。

1.安龍福とトリベの二人は、あしかけ4年前の1693年の夏、竹島で伯耆国の舟に連行されて来た。そのトリベは今回も連れてきたが、竹島に残したという。

1.朝鮮を出る時、米は五斗三升入〓十俵を積んできたが、13隻の者たちに給したので、今は飯米が乏しくなったとのこと。

1.伯耆国での用事が終わったら竹島へ戻り、12隻の舟に荷物を積み替え、6,7月ころ帰国し、殿に報告する予定とのこと。

1.竹島は江原道の東莱府にて、朝鮮国王の名はクモシ〓〓、天下の名前を主上、東莱府殿の名は一道方伯、同所の支配人の役職名は東莱府使というとのこと。

1.以前、すなわち 1693年11月に日本で受けとった書付を一冊出した。これを書き写した。
  ・・・
(つづく)
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