隠州は島前と島後のみから構成される
投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/10 00:02 投稿番号: [10122 / 18519]
私は以下の国代記冒頭部からは、方角に関する疑問は残るにせよ「隠州は島前と島後から構成され、他の構成要素はない」という解釈しかあり得ないと思っています。
a. 隠州在北海中故隠岐嶋
b. 其在巽地言島前也 知夫郡海部郡属焉
c. 其位震地言島後 周吉郡穏地郡属焉
d. 其府者周吉郡南岸西郷豊崎也
この部分は、隠州の地理的特性を記述するパートの初めに当たり、隠州の地理について概要を述べていると考えるのが妥当です。したがって、ここには隠州の構成要素が全て挙げられていると思ってよいでしょう。方角に関する疑問についてこれまで深く論じられてこなかったのも、また研究者で竹島が隠州に属すると主張する人がいないのも、この解釈がほとんど自明だからだと考えます。
仮にこの部分に隠州の構成要素が全て挙げられておらず、文章の後の方になって他の構成要素が出てくるとしたら、この国代記の文章は、構成のまずい、相当な悪文ということになりますね。隠州視聴合記を通読した印象としては、斉藤豊仙がそんな文章を書く筈がないと思っています。まあ、これは印象であって、客観的に証明するのは大変なのですが。
これは メッセージ 10119 (tuutuu32 さん)への返信です.
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