Re2:『隠州視聴合記』の新解釈
投稿者: lib1964_1982 投稿日時: 2005/07/04 12:35 投稿番号: [10087 / 18519]
補足です。
隠州視聴合記の著者は几帳面な人だったのでしょう。以下の文章で、順番を見てください。
南〔ノ方〕至雲州美穂関三十五里、辰巳〔ノ方〕至伯州赤碕浦四十里、未申至石州温泉津五十八里、自子至卯無可往地、戌亥間行二日一夜有松島
1、南
2、辰巳(南東)
3、未申(南西)
4、自子至卯(北から東)
5、戌亥(北西)
方向を示すことを「指南」というように、方位の基準は南でした。だから、最初に南の記述があります。また、東と西では東が先です。この順にしたがって、南東、南西の順に記述されています。残りは、北から東と、北から西です。これも、東が先に書かれています。
このように見ると、戌亥以下が後年になって加筆されたものとは考えにくく、『南〔ノ方〕至雲州』と一体のものであると考えたほうが自然ではないでしょうか。
これは メッセージ 10086 (lib1964_1982 さん)への返信です.
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