民間バージョンですけどね
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/07/07 11:00 投稿番号: [9630 / 43168]
徴兵されるまで乗っていたみたいです。
>あんな飛行艇が今あれば、滑走路も必要なく、騒音公害もなく、環境の時代にピッタリですね。
飛行艇は、確かに飛行場の制約が少なく、旅客機としてもいいのかもしれませんね。特に、日本みたいに内南洋(マリアナ、東西カロリン、マーシャル)の委任統治領と国内を往復する分には。
ああ、まるで死んだ子の年を数えるようですが、内南洋が今も委任統治領なら、一部軍事施設を除いて、パスポート無しのバカンスの幅も広がっていたことでしょうね。(笑)
アメリカ人から、クェゼリンだったか、そのあたりで撮ったスキンダイビング中の写真を見せられると、なんとも「クヤシー!」なんて思ったものです。(爆)
比較的のんびりした時期だったんで、危険はなかったものの、大戦初期にはときたま敵の潜水艦が浮上していて、メインの先輩パイロットが、「あれは敵サンだ。ちょっと脅かしてみるか」と、緩降下して威嚇したことはあったみたいです。すると、急速潜行したようです。
サイパンでは、アスリート飛行場のスロープそばに着水して、車輪を出してスロープからのぼり、飛行場にパークしたとの事です。
そのアスリート飛行場が、米軍に占領されてから、「イスリー飛行場」になったわけですね。
オジキがいた大日本航空(のちのJAL)の波止場が横浜だったんで、海軍の横浜航空隊(飛行艇)のそばだったってことなんでしょう。
オジキも、当時の民間用飛行機としては、三菱のMC20とか、ダグラスDC-3とかに乗ったみたいですが、DC-3は一番良かったようです。
今、本屋で売っている例の飛行機ミニチュア・シリーズで、「川西四発飛行艇(つまり九七大艇)」が出ていますが、同封の冊子に、機内の座席とかの写真やイラストもあり、こんなだったんだなと思いを馳せました。
しかし、国産の大型機で、戦前から旅客輸送をしていたとは、今更ながら感心します。
これは メッセージ 9628 (chonkanchigaiyarodomo さん)への返信です.
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