こちらこそ、有り難うございます
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/07/08 01:18 投稿番号: [847 / 43168]
お休みなさい。
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◆◇◆◇◆ 儒 教 ◆◇◆◇◆
【聖地はハノイ文廟】
儒教は仏教・道教とならんで、ベトナムの伝統的三大宗教のひとつである。儒教は、前近代のベトナムの政治システムにおいて、もっとも強い影響力をもった宗教である。ベトナム語で儒教は「ニョーザオ」と呼ばれている。漢字で書けば、そのまま「儒教」である。
ベトナムに儒教がもたらされたのは、ベトナムが中国領の一部であった時代(前179年〜後939)のもっとも初期、中国の王朝でいえば前漢(前202〜後220)の時代と考えられている。日本への儒教伝来は4〜5世紀といわれているので、ベトナムへの伝来はこれより早いことになる。
しかし、15世紀以前のベトナムでは、仏教が国教的な地位を占めていたため、儒教の影響力はまだ限られていた。しかし、ベトナムの最も初期の民族王朝のひとつである李朝(1010〜1225年)は、早くも1070年にハノイに儒教の聖殿として文廟(ぶんびょう)を建てたうえ、1076年に科挙を実施している。創建当時のままではないが、文廟は今もハノイのクォックトゥザム通りに残っており、孔子・顔回・孟子・子思など儒教の聖人像がまつられている。
【隆盛から突然崩壊へ】
15世紀に黎朝(1428〜1789年)が成立すると、仏教よりも儒教が重視されるようになった。儒教は国家の保護を受けたうえに、科挙の実施が定例化されたここと相まって、大いに隆盛した。
儒教の聖人をまつる施設は、中央だけでなく各地にも作られ、疑似宗教化して、民間にも浸透していった。こうした儒教重視は、阮朝(1802〜1945年)にも引き継がれ、19世紀半ばにいたるまで、儒教はベトナムで全盛をきわめた。
ところが、19世紀後半にフランスの植民地支配がはじまると、儒教の影響力は急速に衰えていった。そして、1915年から1919年にかけて科挙が廃止されると、儒教の政治面での影響力は決定的に失われた。
【長幼の序の起源はどこにある】
ベトナムにも「長幼の序」「家父長制」といった発想がいまなお残っている。またベトナム語の「私」「あなた」などをさす人称法は煩瑣をきわめており、その煩瑣の原因は、話者間の上下関係あるいは遠近関係を細かに判断して使い分けなければならない点にある。
こうした考え方は儒教の影響を受けなかった国にもあるので、ベトナムのそれが必ずしも儒教思想から発したものと断定することはできないが、それが儒教思想によって強化維持されてきたことは否定できない。こうした点まで含めれば、ベトナム社会にはさまざまな点で儒教の影響が広く残っているといえそうだ。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~vdg/book_religion.html
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◆◇◆◇◆ 儒 教 ◆◇◆◇◆
【聖地はハノイ文廟】
儒教は仏教・道教とならんで、ベトナムの伝統的三大宗教のひとつである。儒教は、前近代のベトナムの政治システムにおいて、もっとも強い影響力をもった宗教である。ベトナム語で儒教は「ニョーザオ」と呼ばれている。漢字で書けば、そのまま「儒教」である。
ベトナムに儒教がもたらされたのは、ベトナムが中国領の一部であった時代(前179年〜後939)のもっとも初期、中国の王朝でいえば前漢(前202〜後220)の時代と考えられている。日本への儒教伝来は4〜5世紀といわれているので、ベトナムへの伝来はこれより早いことになる。
しかし、15世紀以前のベトナムでは、仏教が国教的な地位を占めていたため、儒教の影響力はまだ限られていた。しかし、ベトナムの最も初期の民族王朝のひとつである李朝(1010〜1225年)は、早くも1070年にハノイに儒教の聖殿として文廟(ぶんびょう)を建てたうえ、1076年に科挙を実施している。創建当時のままではないが、文廟は今もハノイのクォックトゥザム通りに残っており、孔子・顔回・孟子・子思など儒教の聖人像がまつられている。
【隆盛から突然崩壊へ】
15世紀に黎朝(1428〜1789年)が成立すると、仏教よりも儒教が重視されるようになった。儒教は国家の保護を受けたうえに、科挙の実施が定例化されたここと相まって、大いに隆盛した。
儒教の聖人をまつる施設は、中央だけでなく各地にも作られ、疑似宗教化して、民間にも浸透していった。こうした儒教重視は、阮朝(1802〜1945年)にも引き継がれ、19世紀半ばにいたるまで、儒教はベトナムで全盛をきわめた。
ところが、19世紀後半にフランスの植民地支配がはじまると、儒教の影響力は急速に衰えていった。そして、1915年から1919年にかけて科挙が廃止されると、儒教の政治面での影響力は決定的に失われた。
【長幼の序の起源はどこにある】
ベトナムにも「長幼の序」「家父長制」といった発想がいまなお残っている。またベトナム語の「私」「あなた」などをさす人称法は煩瑣をきわめており、その煩瑣の原因は、話者間の上下関係あるいは遠近関係を細かに判断して使い分けなければならない点にある。
こうした考え方は儒教の影響を受けなかった国にもあるので、ベトナムのそれが必ずしも儒教思想から発したものと断定することはできないが、それが儒教思想によって強化維持されてきたことは否定できない。こうした点まで含めれば、ベトナム社会にはさまざまな点で儒教の影響が広く残っているといえそうだ。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~vdg/book_religion.html
これは メッセージ 843 (lady_blue_cat さん)への返信です.
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