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Re: うわっ!完全に乗り遅れた・・・②

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2006/01/07 02:20 投稿番号: [32362 / 43168]
①−2ソ連:1941年6月22日の「バルバロッサ作戦」による「独ソ戦(東部戦線)」が開幕されて約半年近く。
6月26日にはビャリストク(今のベラルーシ首都・ミンスク近郊)のソ連軍西部正面軍4個軍(43個師団、6個旅団。約50万名)が、
ドイツ中央軍集団に包囲殲滅される。
7月16日「モスクワの玄関」スモレンスクが陥落(首都モスクワまで約380km)
9月8日「レニングラードの鍵」シュリュセルブルグ陥落。
ソ連軍レニングラード正面軍とレニングラード市は、ドイツ北方軍集団の重包囲下に置かれる。
9月19日、南部ロシアの「心臓部」キエフが陥落。
ソ連軍南部正面軍5個軍(約100万名)がドイツ南方軍集団(+グデーリアンの第2装甲集団)により殲滅される(捕虜約66万5000名)
これにより、全ウクライナ(大穀倉地帯)をソ連は失う。
10月〜12月。クリミア半島と、アゾフ海沿岸の要衝・ロストフ陥落。
これにより、ソ連のバクー油田地帯が危機的状況に立たされる。
10月13日、モスクワ第一次防衛線のモジャイスク陥落。モスクワまで100km。
11月30日、ゴーリキー陥落。モスクワまで30km。
スターリンはドイツ軍の圧力減少、その為の「第2戦線」勃発を望んだ。

②.日中戦争
②−1中華民国(国民党)
日本軍の徐州作戦、武漢作戦、広東作戦、南寧作戦、海南島作戦、等が一段落し、硬直状態が続くも、なお苦しい状況下であった。
「国共合作」の中共軍は潜在的な敵勢力であり、頼みは英米の軍事援助。
それと日米開戦による「日本軍戦力の分散化」
それによって稼いだ時間による、自軍の強化。
蒋介石には何より「モノと時間」が欲しかった。

③.米国
兎にも角にも、欧州戦線への「参戦」の糸口が欲しかった。
このままでは、「欧州マーケット」はドイツ資本の独占化に置かれる事になる。
更には、環太平洋での拠点・フィリピンの防衛不安。
(フィリピン駐留の米アジア艦隊は、まぁ、日本の第4艦隊(水上部隊中、最弱)と、どっこいの戦力)
中国マーケット(満州含む)への魅力と、その最大の弊害の日本。
そこに目を付けたのが「日独伊三国軍事同盟」

ヒトラーは少なくとも米国をまともに引き込む気は無かったようですが。
(日本の対ソ戦線参戦をかなり期待していましたが)
米国側では、ヒトラーを「引っ掛ける」代わりに、より「引っ掛けやすい」相手が「日本帝国」
何せ当時の日本は石油のほぼ90%、粗鉄の80%前後を、米国から輸入していましたから。

対日禁輸政策とハル・ノート。
これは当時の世界情勢から見るに、「日本が譲歩できない」絶対必要条件を満たす必要があったのでしょう。
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