>honkytonk_2002_x
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2005/07/12 03:27 投稿番号: [27327 / 43168]
yusura_sdhk
このお二方と違う判断をされているように見受けますが、「違う判断」をしている、と思ってよろしいのでしょうか?
個々の論点はべつにして、ものごとの基本的考え方(価値判断)は、同じだとおもうけど。
>このように、微妙に違う判断が存在してしまう「フランスのレジスタント」。
私の紹介したことは、レジスタンスの量的問題であって、レジスタンスの質的、法的性格についてではありませんよ。
レジスタンスは、ドイツと内通していると思われたフランス人は殺したかもしれないが、一般フランス人を別に殺しはしなかったという点は重要だね。
映画「黙示録の四騎士」の中のレジスタンスが爆薬を仕掛けるのもドイツ軍の車輌だしね。
>その時の基準、ルールの適用によって判断が微妙に変わってくると認識しているから。
基本的な判断基準がしっかりしていれば、個々の問題の解決でもそれほどふらつくことはないと思う。
>「テロ」での死は悲惨であるし、それと同様に「誤爆」での死も悲惨でしかない、と私は考えております。
東京大空襲は誤爆ではないね。
フィリッピンでも、アメリカ軍は日本軍が居れば現地人が居ても爆撃、砲撃をした。
誰かがいっていたけど、人の命が大事であるなら、車社会を廃止しなければならない。日本で毎年7,8千人、アメリカでも3万人ほど「確実に」死んでいるからね。
>それと、日韓併合時における抵抗組織の位置づけ。
朝鮮義軍も最後には、朝鮮人住民に日本軍に通告されるようになって滅んだね。住民を掠奪したり、殺したりすればその正義がなくなるのは当然だね。
>その時の基準、ルールの適用によって判断が微妙に変わってくると認識しているから。
前に述べた原理原則、価値判断がしっかりしていれば、その時によってそれが変えられることはないよ(ただし、例外のない原則はない)。ケースごとに代る原理原則は本物ではないということ。
これは メッセージ 27323 (daremogatigau さん)への返信です.
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