>柴は中国シンパ
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/05/19 01:47 投稿番号: [25376 / 43168]
そうそう。そうですね。
>中国を敵にするな、とずーっといいづつけたらしいですね。北清事変で、日本軍が包囲されて食料に困ったとき、こっそり食料を投げ入れてくれたのが柴と親しくしていた中国人で、柴は中国人は一度信用するととことん信用してくれる、といっていたようです。
>中国にとっては敵であるはずの外国軍に食料を投げ入れるということは国に対する反逆ともおもえるけど、中国人には当時は国家意識などなかったのだ(希薄だったのだ)、だから自分の「外国の知人」の方が、他の中国人や清朝政府よりも大事だったのではないか。こんな内容だったと思います。
そこはまったく同感なんです。
だから、例えば一対一で信頼関係を築けば、これほど義理堅い民族もいない、と。
それは、柴の例でもあるように、祖国に仇をなす行為でも、柴個人を「義人」と見込めば、義挙と見なされる。
これは良し悪しじゃなく、「違い」ですね。
あの、落下傘部隊司令の堀内豊秋大佐が支那に駐屯していた頃、堀内の人格と、堀内部隊のおかげで町の治安が格段に向上し、堀内が転勤で去る際に、町の中国人たちが、転勤取り消しの嘆願をしたぐらいです。
おまけに、堀内の顕彰碑まで建てた。
「日帝」の権化のはずの堀内が、こうして慕われた。つまり、堀内個人が義人ならば、むしろ堀内がずっと駐屯していて欲しいと思うわけですね。
そこが、日本人と中国人の「国」の概念の違いのせいかなと思えました。
これは メッセージ 25368 (shinkuuboakagi00 さん)への返信です.
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