「生首スープ」への違和感
投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2005/03/03 22:53 投稿番号: [19989 / 43168]
しかし日本人の感覚からはどうにも違和感が残る。1940年代のソ満国境の日本軍といえば、精鋭といわれた関東軍ということになるが、拷問にしろ見せしめにしろ処刑にしろ、人の首を釜ゆでにしその汁を飲ませるという発想が、どう考えても日本的ではないのだ。
戦場、戦争ではもつろん普通考えられないような事が起きる。平時の常識的な発想ではありえないようなこともありうるに違いない。「従軍慰安婦」というシステム自体もそうだといえよう。先ごろ「八・一五」を機に日本の一部マスコミが伝え、韓国のマスコミが一斉に飛び付いて報じたニューギニアにおける日本軍の「人肉食」事件の話もその類であろう。
しかし本格的な戦場にはなっていなかったソ満国境で、慰安婦たちへの見せしめとしてり「生首のスープ」という発想はどうにも理解できない。そこでソウルの記者仲間で話題になったのが、冒頭に書いた「ソルロンタン」の話というわけである。つまり「リ・ボクニョ」証言の中身は、日本分化ではなく、コリア文化ないし中国文化ではないのか、というのだ。
この証言内容は。現代の日本人の感覚からいえば全く荒唐無稽で、ありえない話である。したがってまず考えられるのは、彼女(あるいは北朝鮮当局)が「日帝の蛮行」を強調したいあまり、いいかげんな話をしているのかも知れないということだ。大韓航空機爆破事件の金賢姫の証言をデッチアゲといい、いまなお事件を韓国当局の謀略と言い張っている北朝鮮だけに、そうした作り話は簡単にやってのけるだろう。
しかし、「リ・ボクニョ」証言は必ずしもウソではないかもしれない。それを日本文化ではなく中国(あるいはコリア)分化として考えれば、ありえないことではないからだ。そうした場合、証言にある「日本軍」がという部分は当然、変わってくるのだか。
これは メッセージ 19985 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
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