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韓国併合

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/01/26 16:49 投稿番号: [688 / 7270]
最近,北海道の歴史を調べていて,面白いことに気付きました.

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明治になってすぐに行われた「地租改正」そのものが

    1)私有地には税金をかける
    2)私有地以外は国有とする

という本質を持つものであり、しかも所有権と占有的使用権を一体化したもの
であったため、道外でも長年にわたって共同使用されてきた土地〜「入会地」
という〜が国有化され、住民の利用を認めなくなったために各地で大混乱を来
たしました。

  この政策が、もともと土地に対して「所有」という概念を持っていなかった
アイヌに降りかかった時、起こるのは

    「未登記による国有化」
    「国有地内での『密猟』という汚名と処罰」

であるのは、言うまでもありません。そしてその後に行われた開拓者への土地
払下げは、極言すれば

    政府が自ら盗品を売りつけた

のに等しい訳です。
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http://www.hokkaid.org/guide-v6/text/2-5-2.html

これ,朝鮮の土地調査事業より酷いです.また,

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1890(明治23)年には東京で「帝国議会」が招集されましたが、北海道民には
(沖縄県民と同様に)選挙権も披選挙権も与えられず、道内では三権の全てが開
拓使以来の「戸長役場」に握られていました

  これを不満とする道民は小樽・札幌・函館の都市部を中心に粘り強く運動を
続け、ようやく衆議院議員については1899(明治32)年に小樽・札幌・函館の3
選挙区が設定され、続く1900(明治33)年には全道で17の「一級町村」が、1902
(明治35)年に62の「二級町村」が設置されました。

  しかし実際には一級町村でも(当時の道外の町村に比べて)裁量権は限定され
ており、二級町村では住民の公民権自体が認められていませんでした。しかも、
どちらにも属さない広大な地域では依然として戸長役場の支配下にあり、依然
として道庁長官が全権を持つ「植民地」であったと言えます。

  なお、戸長役場が廃止されたのは1924(大正13)年であり、一・二級町村制が
廃止されたのは、さらに遅れて1943(昭和18)年のことでした。しかしこれで道
外の町村と同格になった訳*ではなく*、政令や通達による自治への制限は1947
(昭和22)年の地方自治法まで残りました。
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http://www.hokkaid.org/guide-v6/text/2-5-3.html

つまり,北海道民は内地人並みの選挙権を持っていなかったわけです.
沖縄も同様.新たに併合された土地は,そこが開発の対象となっている
間は,内地人並みの選挙権は与えられないというのが一般的みたいなん
ですね.

ということは,「韓国併合は朝鮮の植民地化だ.併合ではない.その
証拠に,半島人には内地人並みの権利が与えられていなかった」という
論法は成り立たないということになります.

「日本は大韓帝国を併合し,半島を国土の一部として開発し,朝鮮人を
日本国民として教育した」に反論するのはかなり難しくなったんじゃない
でしょうか.
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