韓国式対人関係、濃厚ですね・・・(1)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2007/09/20 23:32 投稿番号: [6109 / 7270]
日本で言うところの「情が深い」というのとはかなり違うように思われたです^^
「朝鮮民族を読み解く」(古田博司 著 筑摩書房)より
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〜略〜
ある日突然、韓国からの親友から電話が入る
いま東京に着いた。君もすぐ来いという。西も東もわからないから案内せよ、と。
当地から東京まで新幹線で6時間以上もかかることを、彼は考慮しない。
知人や親戚を引き連れて、団体で訪れるものもいる。
当地はふぐが名産だそうな、みなにふぐを食べさせてやってほしいと気軽にやって来るのである。
これも突然、福岡空港から連絡が入る。国際電話なしに、みな体ごとまずやって来るのである。
このような人々と顔色を変えずにつきあえるか、ここが分かれ目だと私はいつも学生たちに話して聞かせる。
韓国人とつきあうには、彼らの極端な甘えを許さなければならない、
その甘えの世界には際限がなく、受け入れられぬ場合の亀裂には底が無いのだ、と。
わかりやすく彼らの友人関係の原則を述べよう。
それは一言で、友人関係を保つには相手に徹底的に迷惑をかけるということ、
しかし迷惑というのも日本的な発想なのである。彼らの側からいえば、ほんとうに迷惑なら友人ではない、という論理になる。
したがって真の友人にはいっさい遠慮しないことが愛情だ、と彼ら流にいいかえたほうが麗しい。
突然来訪するなどというのは最もよい愛情の示し方である。これこそ親密の極みである。
大勢知人や親戚をつれて来る場合には、その友人関係のきずなの強さをみなにあからさまに見せつけ、
自分の知人ネットワークに対する信頼を築きあげるという意図がある。
自分は日本にこんなに無理の利く強力な友人がいるのだ、自分はこんなにも信頼のおける人物なのだ、と言いたい。
要するに、日本は甘えの社会だとよくいうのだが、
韓国に比べたら甘えははるかに少ないというのが、筆者の長年の実感である。
分裂や侵略で苦労をした民族であるから老練である、という思い込みは、はっきり誤解である。
そうではなくて、根が甘えん坊でお人好しなので苦労したのである。
そして苦労した分だけ疑り深くなったのである。
ここを押さえておかないと、韓国人の信頼関係がよくわからない。
韓国では互いの甘えだけが信頼なのだ。したがって、大勢知らないものを連れてやって来るなどとというのは、
先方がよほどこちらを信頼していなければできない。それこそ国境を越えた信頼の極みなのである。
ではこの信頼関係しか知らない韓国人が、日本人と取引をした場合、どうなるであろうか。
日本では先代から取引のある会社は、義理もあってなかなか関係を清算しがたいものだが、
韓国では代が替わればまた新たな取引が始まるものである。
ある意味では西洋型と思えるほどドライなところがあり、
そのドライさが義理を信条とした日本人にはわかりにくい面を多分にもっている。
もちつもたれつの義理の世界から見て不義理な人々だと思われる方もあるいはいるかもしれない。
しかし、その義理が国際語ではないのである。日本的義理は韓国人には通じない。
「義理」という漢字語の意味さえ日韓では異なる。
もちろん、「義理が悪い」とか「義理を返す」などという日本語は当然存在すらしない。
代が替われば、先代との関係などご破算はあたりまえである。
では信頼関係を続けるにはどうすればよいだろうか。
新社長や幹部を日本に招待し、大宴会を催したり、寝所に至るまで暖かく配慮する。
先方に出向いたときには、社長や幹部のおみやげはもちろん、社員全員にこまごまとした記念品を配るのもよい。
さらに新社長と兄弟のように仲良く、かつ濃厚につき合うことができれば最良である。
そう、うんざりする。日本人には。
〜続く〜
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「朝鮮民族を読み解く」(古田博司 著 筑摩書房)より
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〜略〜
ある日突然、韓国からの親友から電話が入る
いま東京に着いた。君もすぐ来いという。西も東もわからないから案内せよ、と。
当地から東京まで新幹線で6時間以上もかかることを、彼は考慮しない。
知人や親戚を引き連れて、団体で訪れるものもいる。
当地はふぐが名産だそうな、みなにふぐを食べさせてやってほしいと気軽にやって来るのである。
これも突然、福岡空港から連絡が入る。国際電話なしに、みな体ごとまずやって来るのである。
このような人々と顔色を変えずにつきあえるか、ここが分かれ目だと私はいつも学生たちに話して聞かせる。
韓国人とつきあうには、彼らの極端な甘えを許さなければならない、
その甘えの世界には際限がなく、受け入れられぬ場合の亀裂には底が無いのだ、と。
わかりやすく彼らの友人関係の原則を述べよう。
それは一言で、友人関係を保つには相手に徹底的に迷惑をかけるということ、
しかし迷惑というのも日本的な発想なのである。彼らの側からいえば、ほんとうに迷惑なら友人ではない、という論理になる。
したがって真の友人にはいっさい遠慮しないことが愛情だ、と彼ら流にいいかえたほうが麗しい。
突然来訪するなどというのは最もよい愛情の示し方である。これこそ親密の極みである。
大勢知人や親戚をつれて来る場合には、その友人関係のきずなの強さをみなにあからさまに見せつけ、
自分の知人ネットワークに対する信頼を築きあげるという意図がある。
自分は日本にこんなに無理の利く強力な友人がいるのだ、自分はこんなにも信頼のおける人物なのだ、と言いたい。
要するに、日本は甘えの社会だとよくいうのだが、
韓国に比べたら甘えははるかに少ないというのが、筆者の長年の実感である。
分裂や侵略で苦労をした民族であるから老練である、という思い込みは、はっきり誤解である。
そうではなくて、根が甘えん坊でお人好しなので苦労したのである。
そして苦労した分だけ疑り深くなったのである。
ここを押さえておかないと、韓国人の信頼関係がよくわからない。
韓国では互いの甘えだけが信頼なのだ。したがって、大勢知らないものを連れてやって来るなどとというのは、
先方がよほどこちらを信頼していなければできない。それこそ国境を越えた信頼の極みなのである。
ではこの信頼関係しか知らない韓国人が、日本人と取引をした場合、どうなるであろうか。
日本では先代から取引のある会社は、義理もあってなかなか関係を清算しがたいものだが、
韓国では代が替わればまた新たな取引が始まるものである。
ある意味では西洋型と思えるほどドライなところがあり、
そのドライさが義理を信条とした日本人にはわかりにくい面を多分にもっている。
もちつもたれつの義理の世界から見て不義理な人々だと思われる方もあるいはいるかもしれない。
しかし、その義理が国際語ではないのである。日本的義理は韓国人には通じない。
「義理」という漢字語の意味さえ日韓では異なる。
もちろん、「義理が悪い」とか「義理を返す」などという日本語は当然存在すらしない。
代が替われば、先代との関係などご破算はあたりまえである。
では信頼関係を続けるにはどうすればよいだろうか。
新社長や幹部を日本に招待し、大宴会を催したり、寝所に至るまで暖かく配慮する。
先方に出向いたときには、社長や幹部のおみやげはもちろん、社員全員にこまごまとした記念品を配るのもよい。
さらに新社長と兄弟のように仲良く、かつ濃厚につき合うことができれば最良である。
そう、うんざりする。日本人には。
〜続く〜
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これは メッセージ 6033 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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