Re: 「無礼と侮辱に過敏な日本人」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/06/07 22:48 投稿番号: [5824 / 7270]
『人類共通の人情がない中国人』
『ところが中国人は、高等動物の中の例外のようである。証拠はいろいろある。例えば古代中国人は「同胞相憐れむ」ことが全くなかった。寛容の精神を声高に説いてきた聖人君子はたくさんいたが、いずれも竜頭蛇尾、全くだめだった。性格は変えようと思えば変えられるのであるが、中国人自身が頑強に抵抗してきた結果、変わらないのであり、今日只今も全く変わっていないのである。』
『荷物運搬用の牛馬の代わりになる苦力を大量に捕獲することが中国軍の「手」である。したがって軍が動くという噂が流れると、苦力でごった返していた通りがガランとなる。捕まったらどうなるか。過酷な仕事をやらされる。食事はもらえるかどうかわからない。兵の装備がまたお粗末なもので、街中で見かける宣伝用の兵隊は別として、食料はほとんど支給されない。したがって、行く先々で食券代わりに銃剣を振り回して糧秣を略奪する。銃を持たない苦力は食べ物を手に入れるのに実に苦労するが、兵隊は「ご奉公してよかった」と思えるぐらい腹いっぱい食える。』
『苦力は実に悲惨である。兵隊でさえ嫌がるところへ回される。もし「敵方」(一時的に抗争する、ならず者の集団)に捕まったら、強制されての従軍だということは無視され、とにかく戦果を上げるため射殺される。捕虜の圧倒的多数はこういう風に徴発された苦力である。戦闘記録にある「捕獲捕虜」とは「敵方で虐殺された者」と読み替えてよい。勝者の気分次第で敗者は「屠殺」されることがごく普通である。数百万単位の軍隊が抗争を断続的に繰り広げながら、捕虜収容所が全くないということは注目に値する。捕虜の給食施設が全くないのだ。食料や施設が欠乏しており捕虜などに回す余裕などなく、万が一潤沢にあったとしても無用な敵に何かを提供するなど考えられない。』
『女にも容赦はしない。私の友人がいた村でのこと。ある時、その村の軍隊に荷物運びが緊急に必要となった。兵隊は自分では荷物運びはしない。銃剣で脅して荷物運びができそうな者を探し回る。適当な男がいなかったので、女を捕まえ棍棒でたたいて軍に組み入れた。これが民に対する「友軍」の実態である。もちろん「敵軍」の手にかかったら、ごく稀に寛大な処置をされることもあるが、これだけでは済まされない。』
『生まれ故郷から数百キロ離れたところまで荷物運びをさせられ、一文も手当てを貰えず捨てられる苦力(女も含めて)の運命は実に過酷である。アメリカのようにヒッチハイクで帰ることもままならない。文無しはどこでも冷たくされ、田舎では物乞いをしようと近づいただけで、石を投げられ、犬に吠えられ追い出される。食い物の切れ端も落ちていない。食べられるものを捨てる人などいるわけがない。浮浪者に施しなど誰もしない、可哀想な話を誰も聞かない。ましてや、びた一文恵んでくれる者なぞいるわけがない。洪水や飢饉を逃れた者が見知らぬ土地へ入ると、追い出され、殺された話を一度ならず聞かされる。自暴自棄になった貧乏人は何をしでかすかわからない、芽のうちに摘んでおこうというわけである。』
『中国人の特異性と残虐性』
『あるアメリカ人領事が目撃した話である。任地の揚子江上流でのことで、西洋人には信じられないことだが、中国人にはたいした事件ではないそうである。豚と中国人を満載したサンパンが岸近くで波に呑まれ転覆し、豚も人も川に投げ出された。岸で見ていた者は直ちに現場に漕ぎ出し、我先に豚を引き上げた。舟に泳ぎ着いた人間は、頭をかち割って殺し、天の恵み、とばかり新鮮な豚肉を手にして、意気揚々と引き上げ、後は何事もなかったかのようにいつもの暮らしが続いたという。』−了−
『ところが中国人は、高等動物の中の例外のようである。証拠はいろいろある。例えば古代中国人は「同胞相憐れむ」ことが全くなかった。寛容の精神を声高に説いてきた聖人君子はたくさんいたが、いずれも竜頭蛇尾、全くだめだった。性格は変えようと思えば変えられるのであるが、中国人自身が頑強に抵抗してきた結果、変わらないのであり、今日只今も全く変わっていないのである。』
『荷物運搬用の牛馬の代わりになる苦力を大量に捕獲することが中国軍の「手」である。したがって軍が動くという噂が流れると、苦力でごった返していた通りがガランとなる。捕まったらどうなるか。過酷な仕事をやらされる。食事はもらえるかどうかわからない。兵の装備がまたお粗末なもので、街中で見かける宣伝用の兵隊は別として、食料はほとんど支給されない。したがって、行く先々で食券代わりに銃剣を振り回して糧秣を略奪する。銃を持たない苦力は食べ物を手に入れるのに実に苦労するが、兵隊は「ご奉公してよかった」と思えるぐらい腹いっぱい食える。』
『苦力は実に悲惨である。兵隊でさえ嫌がるところへ回される。もし「敵方」(一時的に抗争する、ならず者の集団)に捕まったら、強制されての従軍だということは無視され、とにかく戦果を上げるため射殺される。捕虜の圧倒的多数はこういう風に徴発された苦力である。戦闘記録にある「捕獲捕虜」とは「敵方で虐殺された者」と読み替えてよい。勝者の気分次第で敗者は「屠殺」されることがごく普通である。数百万単位の軍隊が抗争を断続的に繰り広げながら、捕虜収容所が全くないということは注目に値する。捕虜の給食施設が全くないのだ。食料や施設が欠乏しており捕虜などに回す余裕などなく、万が一潤沢にあったとしても無用な敵に何かを提供するなど考えられない。』
『女にも容赦はしない。私の友人がいた村でのこと。ある時、その村の軍隊に荷物運びが緊急に必要となった。兵隊は自分では荷物運びはしない。銃剣で脅して荷物運びができそうな者を探し回る。適当な男がいなかったので、女を捕まえ棍棒でたたいて軍に組み入れた。これが民に対する「友軍」の実態である。もちろん「敵軍」の手にかかったら、ごく稀に寛大な処置をされることもあるが、これだけでは済まされない。』
『生まれ故郷から数百キロ離れたところまで荷物運びをさせられ、一文も手当てを貰えず捨てられる苦力(女も含めて)の運命は実に過酷である。アメリカのようにヒッチハイクで帰ることもままならない。文無しはどこでも冷たくされ、田舎では物乞いをしようと近づいただけで、石を投げられ、犬に吠えられ追い出される。食い物の切れ端も落ちていない。食べられるものを捨てる人などいるわけがない。浮浪者に施しなど誰もしない、可哀想な話を誰も聞かない。ましてや、びた一文恵んでくれる者なぞいるわけがない。洪水や飢饉を逃れた者が見知らぬ土地へ入ると、追い出され、殺された話を一度ならず聞かされる。自暴自棄になった貧乏人は何をしでかすかわからない、芽のうちに摘んでおこうというわけである。』
『中国人の特異性と残虐性』
『あるアメリカ人領事が目撃した話である。任地の揚子江上流でのことで、西洋人には信じられないことだが、中国人にはたいした事件ではないそうである。豚と中国人を満載したサンパンが岸近くで波に呑まれ転覆し、豚も人も川に投げ出された。岸で見ていた者は直ちに現場に漕ぎ出し、我先に豚を引き上げた。舟に泳ぎ着いた人間は、頭をかち割って殺し、天の恵み、とばかり新鮮な豚肉を手にして、意気揚々と引き上げ、後は何事もなかったかのようにいつもの暮らしが続いたという。』−了−
これは メッセージ 5823 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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