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会社令2>教科書の歪曲記述

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/05/29 09:04 投稿番号: [5788 / 7270]
友邦シリーズの続きです。

p24〜26

萩原彦三
元咸鏡南道知事

渋谷
(管理人:他の記述では、友邦協会理事で朝鮮殖産銀行の課長を勤めた経験のある方らしい。詳しいプロフィールは不明)


朝鮮人からの会社令反対はなかったんですか―、今まで言われている学者の説とだいぶ違うと思うのですが・・・

萩原
内心はどう考えていたかわかりませんでしたが、表面には不満なり希望なりはで出ませんでした。


それが廃止された後のほうが朝鮮人経営の会社は増えていますね。急激に増えていますから、それがあったときは明らかに抑えられていたんだと思うのですが・・・。

萩原
心理的に抑えられていたということはいえるかもしれません。どうせ許可申請を出してもダメだろうから出さないと言うのはあったかもしれません。ただ、現実に不認可にしたのは非常に少ない。1件か2件しかなかったと思います。それに会社などができるということは経済界の影響で法令などの問題ではない。
会社が出来始めたということは大正8年以後景気がよくなったとか、朝鮮でも事業を興さなくてはならないとかいう経済、産業の進展に伴って段々会社もできてきたわけです。

(中略)

渋谷
先程Cさんが、萩原さんの説明は従来の日本の学説と違うおっしゃったので申し上げます。
この会社令は朝鮮内よりも内地の実業家が猛烈な反対をしたんです。そして、それを寺内さんが忠節心から抑えたことなんです。
それから民族資本云々と言われますけれど、その当時の状態は、民族資本など問題にならないんです。
だいたい当時の朝鮮人はほとんど株式会社なんか知らなかったんです。私は財政顧問部にいて、農工銀行の株式を整理した事があるんですが、農工銀行は株式会社といっても、一般から株式を募集して作ったものではなくて、各地方の面長がそれぞれの地方の有力者に債権を割り当てて株式をつくったものです。
この頃はまだ朝鮮には本当の意味の株式組織というようなものは、まったくなかった時代と言えるでしょう。
それで私は困ってその整理に当たったものです。
ことに甚だしいのは、平安北道と全羅南道の人でした。
この地方の人たちはどんなに心安い間柄でも資本の合同などする気にはならなかったようです。
勿論こういうのは極端ですが、正しく言うと、朝鮮の人が独自に事業計画を立てて、会社令により申請した人は恐らくなかったろうと思います。要するに内地の事業家が朝鮮で何か仕事をしたいというので朝鮮側に声をかけ、朝鮮側が同意して共同してやろうとしたわけです。
そんな状態の時代ですから泡沫会社ができたり、知識のない朝鮮人が騙されたりしては困るというので会社令を出したわけです。そういうのを内地のある学者が曲解していろいろ言っています。それで私はある書物に萩原先生のおっしゃった趣旨を書いて反駁した事があります。

>そういうのを内地のある学者が曲解していろいろ言っています。それで私はある書物に萩原先生のおっしゃった趣旨を書いて反駁した事があります。

どうもこの会社令の韓国の教科書の話、出所は日本の学者のようです。
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