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Re: NHK「この国を見つめ“新在日外国人

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/04 02:50 投稿番号: [5697 / 7270]
欧米の人種差別・偏見が、実際の植民地・経済支配や国際社会、そして日本との戦争や統治政策にどう具体的に現れたのかを考えていくと、そこには濃淡が見られます。
国力の足りない国は白人国でも飲み込まれ、逆に日本は国際連盟の常任理事国になっています。
また下の投稿で指摘した、国際連盟の脱退に始まる日本の政治判断や政治体制の失敗への反省など、相手を批判するだけでは得られないものもあります。
その一方で、豪州のような白豪主義の二等白人国扱いレベルの国があり、戦時の連合国の日本人イメージは将兵向けに情報操作されたものでした。

以上、あくまでも多面的に考えるのが私の立場ですが、議論も平行線ですからここでやめましょう。
一応、ROMしている人のために、参考資料を出しておきます。
というのも、人種差別は戦後の民主主義の中でタブー視され、巧みに隠蔽された真実だからです。

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オーストラリアの白豪主義。
1780年にイギリスが占有を宣してから、イギリスの流刑地として始まり、1788年に700人の囚人(政治犯も含む)がシドニーに送られる。
自由移民は1793年の11名が最初で、炭田の発見、羊の飼育、そして、金鉱発見のゴールドラッシュで、1860年には88万人に人口が増加。
しかし、金鉱の労働組合から低賃金で働く中国人労働者の排斥運動が起こり、これが白豪主義となり、1866年中国移民の制限、96年すべての有色人種の排斥決議となり、1901年連邦政府が成立してもこの排斥主義は引き継がれた。
第二次世界大戦中にはアメリカの黒人部隊の上陸を拒否したほどである。
第二次大戦後、労働党が人口2500万人を目標にした大量移民計画を発表。これはアジアに対する開放ではなく、あくまで英国人やアイルランド人をさらに大量に受け入れることで白豪主義を完成させるためのものであった。しかし実際には東欧からの移民が多数派を占め、その後イタリア、ギリシャを中心とした南欧諸国、トルコ、中近東、東アジアからの移民が増えていきオーストラリアの労働力を支えるようになると、従来の人種差別政策は撤回していかざるを得なくなっていった。
1975年「人種差別禁止法」制定によって、原則的に移住手続きや、移民の国内での生活・教育・雇用に関する一切の人種差別を禁止した。ベトナム戦争後ベトナム難民を数多く受け入れるなど、積極的にアジアからの移民を受け入れるようになり、マルチ・カルチュラリズム(多文化主義)を国策として掲げるようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%B1%AA%E4%B8%BB%E7%BE%A9
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