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米国の歴史修正主義と日本

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/04/24 23:20 投稿番号: [5643 / 7270]
1995年クリントン米国大統領は、トルーマン大統領が広島、長崎へ原爆投下したのは全面的に正しく、米国政府として謝罪する意思のないことを表明した。
それに対して、村山首相は、「非戦闘員をあれだけ大量に殺戮する兵器を使ったのだから、ノーモア・広島、ノーモア・長崎という日本の国民感情に配慮してもらいたかった」と不満を述べた。
河野外相も同様の意思を伝えたとされる。

この点で、米国議会のニクシュ調査官の指摘は的外れである。
米国の原爆投下に批判的なのは、日本の歴史修正主義で「ない」人たちも含んでいる。

米国の「原爆投下正当論」の論理の一つは、真珠湾奇襲攻撃との相殺論。
すなわち、そもそも日本が真珠湾を奇襲しなければ、原爆投下もなかった、というもの。
もう一つは、原爆投下が早期終戦へ導いたという論。
あのまま戦争を継続していれば、更に双方で何百万人という死傷者が出ただろう、というもの。

検討してみよう。米国の論理に乗ってはいけない。

ルーズベルト大統領が原爆開発のマンハッタン計画にゴーサインを出したのは、真珠湾奇襲の日である。
それから54万人と20億ドルを投入したマンハッタン計画は、米国の政治問題となっていた。
軍事費の調達に追われる米国政府にとって、巨費を投じたマンハッタン計画の失敗は許されなかった。

1945年6月1日に米国の原爆投下作戦計画中央委員会は、次の結論を出した。
「(1)原子爆弾をできる限り速やかに日本に対して使用すべきである。
(2)原子爆弾は二重目標−すなわち周囲もしくは近接地にもっとも破壊されやすい家屋や建物のある軍事施設、もしくは軍事工場地帯に対して使用すべきである。
(3)爆弾は事前警告なしに使用すべきである。」

1945年7月半ば、原爆実験は成功した。6月にナチス・ドイツは降伏。
その時、まさにポツダム会談でソ連の対日参戦が決まり、スターリンはモスクワの科学アカデミーに原爆開発を急ぐように電話を入れていた。
すでに終戦前から、米ソの軍事的対立が始まっていた。
重要なのは、これ以前に、日本政府は終戦の斡旋をソ連に依頼しており(ソ連拒絶)、すでに戦争継続の戦力はなかったこと。
英国首相チャーチルは回想録で、「日本の敗北は、原爆投下以前に決定していた。圧倒的な海洋軍事力がこれをもたらしたのである」と述べている。
トルーマン大統領は明らかに原爆投下を焦っていた。

以上から、米国の「原爆投下正当論」は、真実を隠蔽するための方便である。

だからといって、これを日米間の政治課題にすることには反対である。
議論は果てしない平行線をたどるだけである。
あくまでも歴史の問題として取り扱うべきだと考える。

米国下院が日本の自由主義史観を歴史修正主義と批判し、その対抗策として慰安婦非難決議を強行することは愚行である。
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