韓国人の独特な情緒「セム」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/03/09 00:28 投稿番号: [5400 / 7270]
>韓国は植民地時代と韓国戦争を経て、そのような文化が急激に崩壊してしまい、その過程で外国勢力と結託して政権を掴んだ政府と、その政府と結託して社会の主導勢力として登場した財閥に対する反感が、韓国人特有の「絶対平等主義」として表れたという分析には説得力がある。
>このように「金持ちになること」そして「成功、出世すること」に対する強い妬みと、反対に自分はそのようになりたいと熱望する二重性をみせている。
反日も親日派排斥も、嫉妬心、被害者意識ということですか?
やはり問題なのは、韓国民の多くがそうした既成の価値観を反感を抱きつつも、自分があの手この手で上昇して権力の側に回りたい、甘い汁を吸いたいという体制の論理に無条件で従っていることです。
結果として、その競争の敗者(ほとんどの韓国民)が、失望や被害者意識に陥るという構図ですね。
早く自分たちで「韓国人論」を書いて、自省・自己分析することをお勧めします。
韓国人には、一番苦手で困難なことでしょうけど。
(投稿者注:○はハングルです。)
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韓国人の独特な情緒「○(セム)」
2007-02-27
「セム」をあえて翻訳するなら英語では「jealousy」、日本語では「嫉妬、やきもち」ぐらいの意味だ。
自分よりも他人がうまくいくことを妬み、自分もそうなりたいと思うのは韓国だけでなく、日本をはじめとする世界中どこにでも存在する情緒だ。
しかし韓国人にはそれが特にひどく、またそれが世界的な教育熱や不動産バブル、過激な労働運動、そして特有の過消費などの社会文化的な現象の背後を形成する文化的なDNAの一部になっているように思える。
歴史的に韓国は、中世封建社会の厳格な身分制度の下で自分の身の程にあった生き方を強要され、社会的な地位としての身分の上昇を夢見ることはできなかった。
朝鮮時代からのそういう文化は、日本もある意味では同様だった。
しかし日本が近代化の過程を経て、ゆっくりと解体されていったのに比べると、韓国は植民地時代と韓国戦争を経て、そのような文化が急激に崩壊してしまい、その過程で外国勢力と結託して政権を掴んだ政府と、その政府と結託して社会の主導勢力として登場した財閥に対する反感が、韓国人特有の「絶対平等主義」として表れたという分析には説得力がある。
複雑な話を簡単に言うならば「韓国人は他人が自分よりもうまくいくことを認めたがらない傾向」が強く、それは大部分の競争が経験的に公正でなかったためという被害意識から由来すると言う話だ。(似たような説明を「主催者側の玩奸(ノンガン)」でも詳しくした)
これを非常に簡単な韓国語で「セム(嫉妬)」という。
主に「セムナダ(嫉妬する、ヤキモチを焼く)」と「セムネダ」の形態で使われるこの表現は上で大げさに説明したが「セム」はもともと子供たちも理解する初歩的な水準の純粋韓国語だ。
(中略)
このように「金持ちになること」そして「成功、出世すること」に対する強い妬みと、反対に自分はそのようになりたいと熱望する二重性をみせている。
しかしこのような中でも希望があるのは、このような傾向が最近20年間の民主化過程と各分野で競争システムの透明性が高まったことで、急速に減少しているということだ。
「成金」の象徴と思われていた外車の販売が最近になり急激に増えながらも、街が華やかになったことを人々は昔よりは楽しむ心で眺めているようだ。
この様子だと、いつかは韓国人の「セム」も日本人の「焼きもち」程度にその激烈さが弱まる日が来るかもしれない。
http://world.kbs.co.kr/japanese/town/town_kjculture_detail.htm?No=169
>このように「金持ちになること」そして「成功、出世すること」に対する強い妬みと、反対に自分はそのようになりたいと熱望する二重性をみせている。
反日も親日派排斥も、嫉妬心、被害者意識ということですか?
やはり問題なのは、韓国民の多くがそうした既成の価値観を反感を抱きつつも、自分があの手この手で上昇して権力の側に回りたい、甘い汁を吸いたいという体制の論理に無条件で従っていることです。
結果として、その競争の敗者(ほとんどの韓国民)が、失望や被害者意識に陥るという構図ですね。
早く自分たちで「韓国人論」を書いて、自省・自己分析することをお勧めします。
韓国人には、一番苦手で困難なことでしょうけど。
(投稿者注:○はハングルです。)
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韓国人の独特な情緒「○(セム)」
2007-02-27
「セム」をあえて翻訳するなら英語では「jealousy」、日本語では「嫉妬、やきもち」ぐらいの意味だ。
自分よりも他人がうまくいくことを妬み、自分もそうなりたいと思うのは韓国だけでなく、日本をはじめとする世界中どこにでも存在する情緒だ。
しかし韓国人にはそれが特にひどく、またそれが世界的な教育熱や不動産バブル、過激な労働運動、そして特有の過消費などの社会文化的な現象の背後を形成する文化的なDNAの一部になっているように思える。
歴史的に韓国は、中世封建社会の厳格な身分制度の下で自分の身の程にあった生き方を強要され、社会的な地位としての身分の上昇を夢見ることはできなかった。
朝鮮時代からのそういう文化は、日本もある意味では同様だった。
しかし日本が近代化の過程を経て、ゆっくりと解体されていったのに比べると、韓国は植民地時代と韓国戦争を経て、そのような文化が急激に崩壊してしまい、その過程で外国勢力と結託して政権を掴んだ政府と、その政府と結託して社会の主導勢力として登場した財閥に対する反感が、韓国人特有の「絶対平等主義」として表れたという分析には説得力がある。
複雑な話を簡単に言うならば「韓国人は他人が自分よりもうまくいくことを認めたがらない傾向」が強く、それは大部分の競争が経験的に公正でなかったためという被害意識から由来すると言う話だ。(似たような説明を「主催者側の玩奸(ノンガン)」でも詳しくした)
これを非常に簡単な韓国語で「セム(嫉妬)」という。
主に「セムナダ(嫉妬する、ヤキモチを焼く)」と「セムネダ」の形態で使われるこの表現は上で大げさに説明したが「セム」はもともと子供たちも理解する初歩的な水準の純粋韓国語だ。
(中略)
このように「金持ちになること」そして「成功、出世すること」に対する強い妬みと、反対に自分はそのようになりたいと熱望する二重性をみせている。
しかしこのような中でも希望があるのは、このような傾向が最近20年間の民主化過程と各分野で競争システムの透明性が高まったことで、急速に減少しているということだ。
「成金」の象徴と思われていた外車の販売が最近になり急激に増えながらも、街が華やかになったことを人々は昔よりは楽しむ心で眺めているようだ。
この様子だと、いつかは韓国人の「セム」も日本人の「焼きもち」程度にその激烈さが弱まる日が来るかもしれない。
http://world.kbs.co.kr/japanese/town/town_kjculture_detail.htm?No=169
これは メッセージ 5397 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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