>イマイチ、質問の趣旨が
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2007/02/27 00:15 投稿番号: [5310 / 7270]
>分かりませんでした。
毎度書き方が下手なもので^^
>ここでテーマになっているのは、韓国側が主張する「日本による侵奪」の具体的事例だと思います。
↑№5280の内容の方を先にすべきでしたね(あの掲示板での投稿順にしてましたです)
で、「日本による侵奪」ですが「日本が軍事上必要な土地を接収する権限を韓国に認めさせ,」の部分について、
以下の部分などはその接収の様子とその後のひとつの事例になりそうな内容ではないかと思ったわけです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0 bel&sid=1835396&mid=5280
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〜略〜
ハルボジ(爺さん)は鴨緑江河畔で1890年前後水のみ百姓だったそうで河が氾濫すると生活も出来ないくらいになって他の土地に出稼ぎに行っていたのだそうです。
1890年の日清戦争から2000頃の日露戦争では義州の周りに日本軍がロシヤ軍追撃で兵站部を置くために土地を確保しなければならなかったそうです。
そこで兵站部の係りが祖父のところへ来てこの土地は貴方のものか?出来れば金を払うので売ってくれと言われ大成金になったのだそうです。〜後略〜
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>示されたのは、日本の警察権によって、朝鮮半島北部では馬賊が掃討され、治安が安定し、住民が安心して暮らせるようになったという事案ですね。
>地方では、逆に馬賊が用心棒的な警察・軍隊の役目を負っているのです。
戦前の児童文学では結構人気の題材だったようですね。司馬遼太郎がモンゴル語専攻したのも馬賊にあこがれてたからだとか・・・
冗談だったのかもしれませんが、こちらのページを見ると年代的には当時の読者層にあたるです。
↓「馬賊の唄・物語を駆ける馬賊」(当時の作家の経歴も興味深いです)
http://nob.internet.ne.jp/note/note_23.html
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明治末から大正初期にかけて、押川春浪の軍事冒険小説は青少年の大陸雄飛の夢を育んだ。小日向白朗(こひなたはくろう 馬賊名・尚旭東)は、子どもの頃から春浪の軍事冒険小説に魅せられて一生に一度は大陸踏破をしてみたいと思っていた。それが、大陸へ渡って馬賊の頭目になったきっかけだったという。
このように多くの青少年に影響を与えた春浪の小説の系譜は、「日本少年」や「少年倶楽部」など、子どもむけの大衆的児童文学雑誌を主な発表の場として発展していく。
こうした大衆的児童文学の作家の多くは、文献や関係者の話などから材料を仕入れただけで、実際には満蒙の深部にまで旅行することもなく、想像力のみで馬賊を描いた。しかし、やがて陸海軍出身の元軍人の作家が活躍するようになる。現地での体験をもとに著した馬賊ものは、リアルで迫力ある内容によって人気を集めたのである。
〜略〜
海軍の出身者には、阿武天風がいる。天風は海軍兵学校で高野(のち山本)五十六と同期の海軍少尉だったが、日露戦争後は病気のため予備役に編入され、作家になった。〜略〜
陸軍の出身者では、山中峯太郎がもっとも知られている。峯太郎は陸軍幼年学校から士官学校へ進み、陸士では阿南惟幾と同期であった。陸士在学中に同校へ留学中の中国人留学生と交わり、「滅満興漢」の理念に共感して中国革命同盟会に加盟。1913年には、自ら陸大を退学になるように仕組み、中国人同志からの招請に応じて中国に渡って、いわゆる第二革命に参加した。1914年には軍籍を完全に離れ、第三革命に参加して孫文から革命軍の参謀長に任命されている。 〜略〜
峯太郎の軍事冒険小説では、日本帝国の安全のためには満州国を確保することが欠かせず、そのためには大蒙古の独立が必要であり、それがアジアの平和につながるという論理によって物語は進行して行く。実際には果たせなかった若き日の理想を文学の上で実現しようと考えたようだ。
〜後略〜
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独り言(「『滅満興漢』の理念に共感」って、なんか後の満州国を日本軍部が云々ってのとイメージが繋がりませんが、軍人さんも色々だったんだなあ・・と、
毎度書き方が下手なもので^^
>ここでテーマになっているのは、韓国側が主張する「日本による侵奪」の具体的事例だと思います。
↑№5280の内容の方を先にすべきでしたね(あの掲示板での投稿順にしてましたです)
で、「日本による侵奪」ですが「日本が軍事上必要な土地を接収する権限を韓国に認めさせ,」の部分について、
以下の部分などはその接収の様子とその後のひとつの事例になりそうな内容ではないかと思ったわけです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0 bel&sid=1835396&mid=5280
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〜略〜
ハルボジ(爺さん)は鴨緑江河畔で1890年前後水のみ百姓だったそうで河が氾濫すると生活も出来ないくらいになって他の土地に出稼ぎに行っていたのだそうです。
1890年の日清戦争から2000頃の日露戦争では義州の周りに日本軍がロシヤ軍追撃で兵站部を置くために土地を確保しなければならなかったそうです。
そこで兵站部の係りが祖父のところへ来てこの土地は貴方のものか?出来れば金を払うので売ってくれと言われ大成金になったのだそうです。〜後略〜
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>示されたのは、日本の警察権によって、朝鮮半島北部では馬賊が掃討され、治安が安定し、住民が安心して暮らせるようになったという事案ですね。
>地方では、逆に馬賊が用心棒的な警察・軍隊の役目を負っているのです。
戦前の児童文学では結構人気の題材だったようですね。司馬遼太郎がモンゴル語専攻したのも馬賊にあこがれてたからだとか・・・
冗談だったのかもしれませんが、こちらのページを見ると年代的には当時の読者層にあたるです。
↓「馬賊の唄・物語を駆ける馬賊」(当時の作家の経歴も興味深いです)
http://nob.internet.ne.jp/note/note_23.html
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明治末から大正初期にかけて、押川春浪の軍事冒険小説は青少年の大陸雄飛の夢を育んだ。小日向白朗(こひなたはくろう 馬賊名・尚旭東)は、子どもの頃から春浪の軍事冒険小説に魅せられて一生に一度は大陸踏破をしてみたいと思っていた。それが、大陸へ渡って馬賊の頭目になったきっかけだったという。
このように多くの青少年に影響を与えた春浪の小説の系譜は、「日本少年」や「少年倶楽部」など、子どもむけの大衆的児童文学雑誌を主な発表の場として発展していく。
こうした大衆的児童文学の作家の多くは、文献や関係者の話などから材料を仕入れただけで、実際には満蒙の深部にまで旅行することもなく、想像力のみで馬賊を描いた。しかし、やがて陸海軍出身の元軍人の作家が活躍するようになる。現地での体験をもとに著した馬賊ものは、リアルで迫力ある内容によって人気を集めたのである。
〜略〜
海軍の出身者には、阿武天風がいる。天風は海軍兵学校で高野(のち山本)五十六と同期の海軍少尉だったが、日露戦争後は病気のため予備役に編入され、作家になった。〜略〜
陸軍の出身者では、山中峯太郎がもっとも知られている。峯太郎は陸軍幼年学校から士官学校へ進み、陸士では阿南惟幾と同期であった。陸士在学中に同校へ留学中の中国人留学生と交わり、「滅満興漢」の理念に共感して中国革命同盟会に加盟。1913年には、自ら陸大を退学になるように仕組み、中国人同志からの招請に応じて中国に渡って、いわゆる第二革命に参加した。1914年には軍籍を完全に離れ、第三革命に参加して孫文から革命軍の参謀長に任命されている。 〜略〜
峯太郎の軍事冒険小説では、日本帝国の安全のためには満州国を確保することが欠かせず、そのためには大蒙古の独立が必要であり、それがアジアの平和につながるという論理によって物語は進行して行く。実際には果たせなかった若き日の理想を文学の上で実現しようと考えたようだ。
〜後略〜
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独り言(「『滅満興漢』の理念に共感」って、なんか後の満州国を日本軍部が云々ってのとイメージが繋がりませんが、軍人さんも色々だったんだなあ・・と、
これは メッセージ 5299 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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