Re: 閑話休題(ちょっと「妄想」など・・
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/02/13 22:20 投稿番号: [5033 / 7270]
兎亀さんの妄想の連鎖は、行く先が分かりませんね。(笑)
そこで、私も「産む機械発言」から連想して、「社民党」のHPを覗いてみました。
しかし、あまりにも低レベルな議論なので、諦めました。(笑)
それで、社民党から連想して、次のような本を思い出しました。
この文章から、朝PとT○Sの○クシを連想。(笑)
社会民主党宣言
Ⅰ 格差のない平和な社会を目指して
私たちは、社会のあらゆる領域で民主主義を拡大し、「平和・自由・平等・共生」という理念を具体化する不断の改革運動を社会民主主義と位置づけます。
http://www5.sdp.or.jp/central/02sengen.html
『昭和良識派の研究』保坂正康著
『戦後社会と称される新体制のもとで、ともかく口先だけでもいいから平和とか自由そして民主主義と叫べば、それで平和主義者になり、自由主義者になり、民主主義信奉者になりうるという光景がえがかれることになった。平和と叫ぶ人が集まれば、平和団体と呼称されるのである。そういう語が本来的になにを意味するのか、あるいはそのようなあたりまえのことを口にする必要はないと考える人たちは、「平和」に対峙する存在とされ、自称の平和団体によって弾劾されるという有様だった。』
『戦後社会が、こうした言葉を用いて悦にいることができたのは、皮肉なことに東西冷戦下のゆえであった。東西冷戦のもとでは、生活の規範はまさに「西側」に属していて、あらゆる経済的、社会的利益を享受しながら、口先では「平和」と「民主主義」を叫ぶことが許された。しかも、「東」にはさしあたっての政治目標である社会主義が存在している。とても社会主義社会では暮らせそうもないにもかかわらず、口先だけはこうした語でいっぱしの知識人やいっぱしの良心的人物を気取ることができた。この許された言語空間に生きた人たちが、日本ではいわば「進歩的な知識人」とされたのである。甘えであり、自己陶酔であり、なにより幼稚化の最たる存在であった。』
『一九九〇年前後に、東西冷戦は解消し、ソ連はその体制を維持することができなくなって崩壊し、社会主義そのものが解体することになった。
こうなって明らかになったのは、甘えの言語は許されなくなったことだ。平和とか民主主義、はては自由というが、それはあえて口にしなくても現実がそうなのだということが裏づけられた。そうした言葉をいまだに吐く者は、自らの知性不足と感性欠如の自覚をせず、それに社会への甘えを捨て切れない者に限られつつある。』
これからは、「進歩的な知識人」のいう「自由」「民主主義」「平和」の虚構をあばいて、現実的意味を定める必要があるでしょう。
日本にはまだサヨクの残党と、周囲には特亜三国がありますからね。
そこで、私も「産む機械発言」から連想して、「社民党」のHPを覗いてみました。
しかし、あまりにも低レベルな議論なので、諦めました。(笑)
それで、社民党から連想して、次のような本を思い出しました。
この文章から、朝PとT○Sの○クシを連想。(笑)
社会民主党宣言
Ⅰ 格差のない平和な社会を目指して
私たちは、社会のあらゆる領域で民主主義を拡大し、「平和・自由・平等・共生」という理念を具体化する不断の改革運動を社会民主主義と位置づけます。
http://www5.sdp.or.jp/central/02sengen.html
『昭和良識派の研究』保坂正康著
『戦後社会と称される新体制のもとで、ともかく口先だけでもいいから平和とか自由そして民主主義と叫べば、それで平和主義者になり、自由主義者になり、民主主義信奉者になりうるという光景がえがかれることになった。平和と叫ぶ人が集まれば、平和団体と呼称されるのである。そういう語が本来的になにを意味するのか、あるいはそのようなあたりまえのことを口にする必要はないと考える人たちは、「平和」に対峙する存在とされ、自称の平和団体によって弾劾されるという有様だった。』
『戦後社会が、こうした言葉を用いて悦にいることができたのは、皮肉なことに東西冷戦下のゆえであった。東西冷戦のもとでは、生活の規範はまさに「西側」に属していて、あらゆる経済的、社会的利益を享受しながら、口先では「平和」と「民主主義」を叫ぶことが許された。しかも、「東」にはさしあたっての政治目標である社会主義が存在している。とても社会主義社会では暮らせそうもないにもかかわらず、口先だけはこうした語でいっぱしの知識人やいっぱしの良心的人物を気取ることができた。この許された言語空間に生きた人たちが、日本ではいわば「進歩的な知識人」とされたのである。甘えであり、自己陶酔であり、なにより幼稚化の最たる存在であった。』
『一九九〇年前後に、東西冷戦は解消し、ソ連はその体制を維持することができなくなって崩壊し、社会主義そのものが解体することになった。
こうなって明らかになったのは、甘えの言語は許されなくなったことだ。平和とか民主主義、はては自由というが、それはあえて口にしなくても現実がそうなのだということが裏づけられた。そうした言葉をいまだに吐く者は、自らの知性不足と感性欠如の自覚をせず、それに社会への甘えを捨て切れない者に限られつつある。』
これからは、「進歩的な知識人」のいう「自由」「民主主義」「平和」の虚構をあばいて、現実的意味を定める必要があるでしょう。
日本にはまだサヨクの残党と、周囲には特亜三国がありますからね。
これは メッセージ 5030 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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