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Re: 朝鮮の開国

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/02/12 01:36 投稿番号: [5023 / 7270]
②江華島事件(雲揚号事件)は、日本の侵略行為か。

>そして同年5月から6月にかけて日本の軍艦が相次いで朝鮮の南の海上に現れます。そして東海岸まで北上し、軍事偵察したり、測量したりして帰っていきます。
>8月20日1隻の日本の軍艦が仁川沖に現れました。この船は以前に南の海上に現れた軍艦の中の1隻、雲揚号でした。雲揚号は江華島にイカリを降ろします。他国への無断侵入です。
>朝鮮の軍隊が雲揚号に向けて大砲を発射すると雲揚号も待っていたとばかりに反撃してきました。

1875年(明治8年)9月20日、江華島事件(雲揚号事件)が勃発。
この年5月25日、釜山の草梁公館前の港に雲揚号と丁卯(ていぼう)号の軍艦を派遣した。
これは釜山での外交交渉への圧力であったが、雲揚号は270トンの小型砲艦であったから、本格的な砲艦外交ではない。
事実、朝鮮側から何の抗議もなかった。
雲揚号は、6月20日に釜山草梁を出発して測量に行き、同29日に戻って来ている。
その際、咸鏡道永興にては事実上容認され、慶尚道迎日湾にては、兵数百を率いた慶尚県令の尋問を受けたが、退去要請もなく、そのまま半日とどまってから無事に釜山草梁に戻っている。
つまり、朝鮮側は日本による「無断侵入」とは認識していない。
6月30日に釜山草梁を出港した雲揚は長崎に帰港したが、9月に入って対馬の海湾の測量を行った。その後、朝鮮東南西海岸から清国牛荘にかけての航路調査を命じられて向かったところ、途中で淡水が足りないことに気づき、その補給のため朝鮮の江華島に向かった。
そこで、事件は起きた。

江華島沖に雲揚号は停泊し、短艇を降ろし、水を求めて朝鮮兵のいる砲台近くの川に入った所で、銃砲撃を受ける。
反撃のために島に上陸した日本兵は20〜30人で、朝鮮兵は4〜500人が逃走した。
日本が計画的に攻撃を意図していたとする仮説は、単艦であること、短艇には井上艦長自ら乗り込んでいたこと(上陸の理由説明のため)、兵力が過少なことを考慮すると、成立しない。
朝鮮側の発砲による偶発的事件です。
また、これ以前に両国間で、日本国旗を掲げる日本船の求めに応じて朝鮮は薪水を給与すること、遭難者を救助することが合意されていた。
従って、違法な無断侵入とは言えない。

実際、この事件に対する朝鮮からの抗議や連絡は一切なかったのである。

翌、明治9年2月11日の黒田清隆全権大臣に対し、朝鮮の申大臣は次のように述べている。
「日本国旗の見本は受け取ったが、江華島の守備隊には伝わっていなかった。それで誤って発砲した。朝鮮朝廷としては宜しくない事をしたと考えている」。
そして、朝鮮政府から謝罪文が表明されました。
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