Re: 朝鮮の開国
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/02/12 01:23 投稿番号: [5021 / 7270]
この頃、朝鮮政府には大きな変化が生じる。
1873年(明治6年)、朝鮮国王・高宗が親政を宣言し、鎖国政策の最強硬派であった大院君は執政職をとかれた。
事実上の失脚である。
閔妃の兄であり閔氏最高の実力者である閔升鎬が国政全般に参与するようになった。
閔升鎬は民宰相と称せられ、大院君時代に日本の書契を拒絶する政策に反対し、むしろ両国が相互提携して文明開化することを主張していた人物である。
そういう中で高宗は、日本との交渉経緯を知ることとなったが、その内実のお粗末さに激怒したという。
これにより外交官僚の1人(訓導・安俊卿)は処刑されて、さらし首にされている。
日本との外交を誤った、ということがその理由であった。
しかし、その翌年の1874年11月、閔升鎬一家が何者かに爆殺される事件が発生し、大院君の顔色を伺う宮廷官僚達の意見の大勢は鎖国維持であり、日朝交渉は難航したままであった。
そして、この翌年、江華島事件が発生する。
これは メッセージ 5019 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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