Re: 「ニューライトが教科書案公開」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/12/01 23:42 投稿番号: [4711 / 7270]
まず先の投稿の訂正。
李承晩の不正選挙は、「59年3月15日」ではなく、「60年3月15日」の誤りです。
>>公開された教科書は、5・16軍事クーデターを「5・16革命」「5月革命」と表現し、「経済発展の画期的な契機となった革命的事件」と定義した。
61年5月16日
朴正熙のクーデター
62年3月22日
軍事政権、政治活動浄化法を制定。クーデター以前からの政治家のほとんどが、6年間にわたり政治活動を禁止される。尹大統領は新法に抗議し辞任。朴正煕が大統領権限を代行することとなる。
63年10月15日
大統領選挙。朴正熙がアメリカの支援を受けた尹ふ善を15万票の僅差で破る。
65年12月18日
日韓条約が発効。韓国は3億ドルの無償援助、2億ドルの有償援助を受け取る。
67年10月
大統領選挙。空前の経済成長を背景に、朴正熙が尹ふ善に圧勝。
69年8月26日
第3回日韓閣僚会議。浦項の韓国国営製鉄所への援助で合意。
71年4月27日
大統領選挙実施。朴正熙が金大中に百万票の差をつけ勝利。
72年10月17日
十月維新。韓国全土に非常戒厳令。国会は解散され、政党活動は全面禁止。大学は一時閉鎖され、新聞などへの検閲制が実施される。
12月23日
国民会議、朴正熙を大統領に選出。終身任期とほぼ無制限の権限を与える。
73年8月8日
金大中拉致事件が発生。
74年8月15日
ソウルの地下鉄(日本の技術・経済援助)が開通する。
79年10月26日
朴大統領暗殺。
確かに米国と日本からの経済援助や「キーセン観光」「ベトナム参戦」で得た外貨を元手に、空前の経済発展を成し遂げた点は評価できるでしょう。
朴正熙が満州国軍の下級将校だったときに、日本による満州開発の手法を勉強したお陰です。
これは「開発独裁」と言われ、経済基盤のない発展途上国に有効な経済手法です。
つまり、国家の強権的な指導の下、資金・資源・人材を主要基幹産業に集中させ、保護育成する。
労働運動や反体制運動を抑える。その一方で、国民生活を向上させる社会主義的政策を実施する。
そして、朴大統領に対して、国民の圧倒的支持があった点も無視することはできません。
しかし、これは軌道に乗ったところで、統制経済から自由経済へ徐々に移行させないと、忽ち限界を迎えます。
そうした点で、朴正熙も政治的にも経済的にも民主化自由化の方向へ踏み出せなかったのが失敗の原因です。
逆に、軍事独裁、終身大統領となって、墓穴を掘りました。
光と影の部分を公平に評価すべきですね。
(続く)
これは メッセージ 4710 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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