Re: >「補償の有無」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/09/13 22:40 投稿番号: [4489 / 7270]
>地上戦にそなえて県の役場(文官)はどんな準備をしていたか調べたら何か出てくるかも知れないなあ・・などと近頃は思うです。
>避難順序、避難ルート、避難場所等の計画や周知は役所の仕事のはずですけど、どの程度の計画があり、どれくらい周知されていたのかとか、
詳しい県行政は分かりませんが、概略以下のようなものです。
昭和19年6月から本土への学童疎開が始まりましたが、8月に疎開船対馬丸が撃沈され、児童700人が溺死する事故が発生し、中断を余儀なくされました。
県は、沖縄軍の陣地構築などへの県民の動員、また県民男子の軍務徴集に協力する一方、極力、老幼女子の住民避難にも努めていました。
沖縄軍の作戦として戦闘地域を島南部に限定したため、県としては島北部国頭地区へ住民の疎開を進めましたが、あまり進捗しなかったようです。
というのも、国頭地区は山林地区で、南部からの交通の便が悪く、住宅や食糧などに不安があったためと考えられます。
また戦闘が始まってからは、米軍の砲撃・爆撃が想像を絶するほどに激しく、各家庭の防空壕も役に立たず、住民も米軍の包囲網から島北部へ逃れる隙もなく、日本軍の後方や退却方向へ避難した、というのが大勢の住民被害者が出た要因だと思います。
住民たちもある程度、地区、村や部落単位で避難したようですが、組織的行動は徐々に不可能な状況に追い込まれました。
それでも、普段は那覇以南の人口の多い地域の100日間の戦闘で、住民の被害者が「昭和15年の沖縄県の人口:57万4千579人」に対して、数万人にとどまったのは、疎開や避難がある程度有効だったと考えることもできます。
なお、現在の資材も人員も予算もある行政を前提に考えては、当時の苦労は理解できません。
昭和20年1月本土から着任した県知事島田叡は、軍と県民の間に挟まれ心労を重ね、県警察部長と一緒に戦地で行方不明になっています。
>「昔は大変だったんだよな」で済ましてえーじゃないかと思うんですけどね、普通は・・・。
NHKの番組で内容の細かな記憶が定かでありませんが、農家のある老婦人が働き手の夫が戦死し、夫の両親と多くの子供を抱えて苦労したという話をされたんですが、「大変でしたねえ」というインタビュアーの声に、言葉に詰まって泣き出しそうになったその顔から徐々にカメラが引くと、野良着姿の泣き顔の老婦人が畑の中にぽつりと立っている風景になりました。
「えーじゃないか」では済まされない部分もあることだけは理解しましょう。
だからといって、そうした人を勝手に持ち出し利用するような思想はイヤですが。
>避難順序、避難ルート、避難場所等の計画や周知は役所の仕事のはずですけど、どの程度の計画があり、どれくらい周知されていたのかとか、
詳しい県行政は分かりませんが、概略以下のようなものです。
昭和19年6月から本土への学童疎開が始まりましたが、8月に疎開船対馬丸が撃沈され、児童700人が溺死する事故が発生し、中断を余儀なくされました。
県は、沖縄軍の陣地構築などへの県民の動員、また県民男子の軍務徴集に協力する一方、極力、老幼女子の住民避難にも努めていました。
沖縄軍の作戦として戦闘地域を島南部に限定したため、県としては島北部国頭地区へ住民の疎開を進めましたが、あまり進捗しなかったようです。
というのも、国頭地区は山林地区で、南部からの交通の便が悪く、住宅や食糧などに不安があったためと考えられます。
また戦闘が始まってからは、米軍の砲撃・爆撃が想像を絶するほどに激しく、各家庭の防空壕も役に立たず、住民も米軍の包囲網から島北部へ逃れる隙もなく、日本軍の後方や退却方向へ避難した、というのが大勢の住民被害者が出た要因だと思います。
住民たちもある程度、地区、村や部落単位で避難したようですが、組織的行動は徐々に不可能な状況に追い込まれました。
それでも、普段は那覇以南の人口の多い地域の100日間の戦闘で、住民の被害者が「昭和15年の沖縄県の人口:57万4千579人」に対して、数万人にとどまったのは、疎開や避難がある程度有効だったと考えることもできます。
なお、現在の資材も人員も予算もある行政を前提に考えては、当時の苦労は理解できません。
昭和20年1月本土から着任した県知事島田叡は、軍と県民の間に挟まれ心労を重ね、県警察部長と一緒に戦地で行方不明になっています。
>「昔は大変だったんだよな」で済ましてえーじゃないかと思うんですけどね、普通は・・・。
NHKの番組で内容の細かな記憶が定かでありませんが、農家のある老婦人が働き手の夫が戦死し、夫の両親と多くの子供を抱えて苦労したという話をされたんですが、「大変でしたねえ」というインタビュアーの声に、言葉に詰まって泣き出しそうになったその顔から徐々にカメラが引くと、野良着姿の泣き顔の老婦人が畑の中にぽつりと立っている風景になりました。
「えーじゃないか」では済まされない部分もあることだけは理解しましょう。
だからといって、そうした人を勝手に持ち出し利用するような思想はイヤですが。
これは メッセージ 4487 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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