Re: ネタですが・・・
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/07/19 23:15 投稿番号: [4285 / 7270]
>>国際世論で日本が侵略していると訴えた結果、まんまと日本を悪者にできたとさ。
南京の様子について。
当時の「南京米大使館・副領事ジェームス・エスビー」が本国に宛てた報告書です。
「12月10日以降南京に発生したる事項の概略」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0 bel&sid=1835396&mid=4053
サイトが分からないのですが、南京事件について、コピーしていたものを貼ります。
「南京大虐殺」について、東中野修道・亜細亜大学教授は学問的な検証を行った(著書「『南京虐殺』の徹底検証」)。
当時南京大学教授で、国際安全地帯委員会の一員だったシャール・ベイツのメモが残されている。彼のメモは、China Yearbook 1938 等公式記録に記載されているが、4万人虐殺説を唱えた部分だけは転載されていない。そこで、ベイツの主張する、4万人虐殺説を探っていく。ベイツが根拠とした「埋葬記録」そのものにさかのぼって検証をする。面白いことに埋葬を担当した紅卍字会(日本の赤十字にあたる)は、日本軍、および、ベイツらの国際委員会の両方から、埋葬費用を二重取りしていた事も明らかになる。両者の投入人員、処理期間の記録はほぼ一致しており、そこから4万体という埋葬記録が水増し請求であり、最大でも1万3千から5千の間である事を検証する。さらに、この1万数千という死体を、分析していくと、最終的に「日本軍の民衆殺戮を示す史料は、皆無なのである」という結論にたどりつく。当時の公的記録で、ベイツの4万人虐殺説が削除されたのは、それが虚偽だと誰もが知っていたからである。
南京事件の翌年、中華民国総統蒋介石が発表した声明の中の「日本人の残虐行為」という一章がある。ここで特筆されているのは、「広東での空襲で何千人もの市民が殺されたという事件」である。もし、当時の首都南京で数万人を超す大虐殺があったなら、それに言及しないはずはない。さらに傑作なのは、毛沢東が事件翌年に行った「持久戦について」という講演である。ここで毛沢東は、南京の日本軍は支那兵を殲滅しなかったため、後に反撃の機会を与えたのは、戦略上のまずさであったと指摘している。また、国際連盟の諮問委員会は、南京陥落の半年後に、支那代表の声明に基づき、「日本軍の侵攻によって脅かされている支那の独立と領土保全」に奮闘する支那に対して同情の意を表する、という決議を行った。ここにも、南京虐殺はまったく触れられていない。もし南京で国際法違反の大虐殺が行われていたら、支那代表はすかさず、それを利用したはずである。
さらに、東中野教授は、「南京大虐殺30万人説」の出所を探った。まず、ベイツの4万人虐殺説が復活したのは、事件の3年後に刊行されたエドガー・スノーの「アジアの戦争」である。ここでスノーはベイツ説を「その大部分は女子供」と改竄した。さらに5年後、43年に刊行されたアグネス・スメドレーの「支那の歌声」では、ベイツ説を5倍にして20万人殺戮と拡大宣伝した。このあたりから、虐殺説の一人歩きが始まる。
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以上のような経過をたどって、中国共産党は、虚構をより強化し、ウソの証人を集め、「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館(南京大虐殺記念館)」まで作っています。
これが中国共産党の政治宣伝の恐ろしさです。
南京の様子について。
当時の「南京米大使館・副領事ジェームス・エスビー」が本国に宛てた報告書です。
「12月10日以降南京に発生したる事項の概略」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0 bel&sid=1835396&mid=4053
サイトが分からないのですが、南京事件について、コピーしていたものを貼ります。
「南京大虐殺」について、東中野修道・亜細亜大学教授は学問的な検証を行った(著書「『南京虐殺』の徹底検証」)。
当時南京大学教授で、国際安全地帯委員会の一員だったシャール・ベイツのメモが残されている。彼のメモは、China Yearbook 1938 等公式記録に記載されているが、4万人虐殺説を唱えた部分だけは転載されていない。そこで、ベイツの主張する、4万人虐殺説を探っていく。ベイツが根拠とした「埋葬記録」そのものにさかのぼって検証をする。面白いことに埋葬を担当した紅卍字会(日本の赤十字にあたる)は、日本軍、および、ベイツらの国際委員会の両方から、埋葬費用を二重取りしていた事も明らかになる。両者の投入人員、処理期間の記録はほぼ一致しており、そこから4万体という埋葬記録が水増し請求であり、最大でも1万3千から5千の間である事を検証する。さらに、この1万数千という死体を、分析していくと、最終的に「日本軍の民衆殺戮を示す史料は、皆無なのである」という結論にたどりつく。当時の公的記録で、ベイツの4万人虐殺説が削除されたのは、それが虚偽だと誰もが知っていたからである。
南京事件の翌年、中華民国総統蒋介石が発表した声明の中の「日本人の残虐行為」という一章がある。ここで特筆されているのは、「広東での空襲で何千人もの市民が殺されたという事件」である。もし、当時の首都南京で数万人を超す大虐殺があったなら、それに言及しないはずはない。さらに傑作なのは、毛沢東が事件翌年に行った「持久戦について」という講演である。ここで毛沢東は、南京の日本軍は支那兵を殲滅しなかったため、後に反撃の機会を与えたのは、戦略上のまずさであったと指摘している。また、国際連盟の諮問委員会は、南京陥落の半年後に、支那代表の声明に基づき、「日本軍の侵攻によって脅かされている支那の独立と領土保全」に奮闘する支那に対して同情の意を表する、という決議を行った。ここにも、南京虐殺はまったく触れられていない。もし南京で国際法違反の大虐殺が行われていたら、支那代表はすかさず、それを利用したはずである。
さらに、東中野教授は、「南京大虐殺30万人説」の出所を探った。まず、ベイツの4万人虐殺説が復活したのは、事件の3年後に刊行されたエドガー・スノーの「アジアの戦争」である。ここでスノーはベイツ説を「その大部分は女子供」と改竄した。さらに5年後、43年に刊行されたアグネス・スメドレーの「支那の歌声」では、ベイツ説を5倍にして20万人殺戮と拡大宣伝した。このあたりから、虐殺説の一人歩きが始まる。
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以上のような経過をたどって、中国共産党は、虚構をより強化し、ウソの証人を集め、「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館(南京大虐殺記念館)」まで作っています。
これが中国共産党の政治宣伝の恐ろしさです。
これは メッセージ 4281 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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