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Re: 「百人斬り競争」訴訟

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/05/25 23:24 投稿番号: [4053 / 7270]
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20050713

当時の米国副領事が、1938年1月に国務長官宛に次のような「南京における状況」報告をしているが、その抜粋を書いておこう。

南京米大使館・作成者    米副領事   ジェームス・エスビー
        確認者    3等書記官   ジョン・エム・アリソン
        作成日付    1月15〜24日
        郵送日付    1938年2月2日

1, 12月10日以降南京に発生したる事項の概略
シナ軍は市の城壁の外側の市に属する大なる部分を焼き居れり。これは軍事上の目的よりその土地の邪魔者を除去せるなり。然れども残留せる在留米国人は、退却中のシナ兵による城壁内にて行われたる財産の放火破壊および略奪は僅少なりと主張しおれり。故に日本軍は入城と共に南京が実際に荒らされおらざるを発見せり。市民の残りの大部分は南京国際委員会の計画設定せるいわゆる「安全地帯」に避難しおり、相当数のシナ兵を巧みに補足する筈なりしが比較的少数なりしなり。実際に残留せるシナ兵の数は不明なれども数千の者はその軍服を脱ぎ捨てて常民の服を着て常民に混ざり市内のどこか都合よき処に隠れたるに相違なきなり。

(中略)

しかしながら、ここに一言し置かざるべからざるは、支那兵自身は日本軍入城前に全然略奪をなさざりし訳にはあらず。少なくもある程度には行ないおれるなり。
最後の数日間は疑いなく彼らにより人及び財産に対する暴行犯されたるなり。支那兵が彼らの軍服を脱ぎ常民服に着替える大急ぎの処置の中には、種々の事件を生じその中には着物を剥ぎ取るための殺人をも行いしなるべし。彼らの無秩序の時のことなり。
退却する軍人および常民にても、時と場所とにては計画的ならず略奪を為せしことは明らかなり。全ての公の施設の機能停止による市役所の完全なる逼賽と、支那人政府と大部分の支那住民の退却とにより市に発生したる完全なる混乱と無秩序とは、市を如何なる不法行為をも行い得らるる場所となし了れるなり。
  これがために残留せる住民には日本人来たれば待望の秩序と統制との回復あるべしとの意味にて日本人を歓迎する気分さえもありたることは想像せらるる所なり」
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