プロ市民派弁護士
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/26 23:18 投稿番号: [3724 / 7270]
日中戦争・重慶爆撃:家族など失った中国人40人、日本政府を提訴へ
/広島
◇謝罪と国家賠償求め
日中戦争中の1938〜43年、旧日本軍による中国・重慶への爆撃で家族を奪われるなどしたとして、中国人被害者約40人が今月30日、日本政府に謝罪と国家賠償を求める訴訟を東京地裁で起こす。旧日本軍の中国での爆撃を巡っては、95年に細菌戦や南京大虐殺の被害者とともに中国人男性が提訴したが、集団訴訟は初めて。【遠藤孝康】
◇「国際法違反」と追及
37年12月の南京陥落後、重慶には国民党政権の暫定政府が置かれ、抗日運動の拠点となった。旧日本軍は38年2月から5年半、重慶の市街地などを集中爆撃した。最近の中国側調査によると、死者は約2万4000人。重慶爆撃はアジアで初めての無差別爆撃だった。
原告側の一瀬敬一郎弁護士(第二東京弁護士会)によると、提訴するのは、重慶市街やその周辺で爆撃を受け、家族を失ったり、負傷した男女約40人。訴訟では、無差別爆撃はハーグ陸戦条約(1907年)など当時の国際法違反だったとして、1人当たり1000万円の慰謝料を求める。原告らは04年4月に日本政府に賠償を求める原告団を結成し、訴訟準備を進めていた。
中国人による戦後補償訴訟は、強制連行や従軍慰安婦、細菌戦などを巡って提訴されたが、高裁段階で原告が勝訴したのは、04年7月の強制連行を巡る広島高裁判決(上告中)のみ。
一瀬弁護士は「訴訟を通じ、現代の戦争にもつながる無差別爆撃の違法性を訴えたい」と話している。
3月26日朝刊
(毎日新聞) - 3月26日16時1分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060326-00000231-mailo-l34
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「軽視論」トピに、ホンキーさんが投稿されたS学会新聞の記事を発見できなかったのですが、次のようなデーターがあり、コピーしておりました。
また、死傷者数を死者数に書き換えてます。(苦笑)
>>日中戦争の最中、1938年2月18日から中華民国の臨時首都重慶に対する戦略爆撃を開始している。この爆撃は1943年8月23日まで5年半の長期に及んだ。
>>この間の被害に関する最新のデータは、日本機の出撃回数9513回、投下爆弾2万1593個、爆死者1万1889人、爆弾による負傷者1万4100人、焼失家屋1万7608軒である。
投下爆弾2.27個/出撃一回。
死傷者2.73人/出撃一回。
死傷者1.20人/投下爆弾一個。
焼失家屋0.82軒/投下爆弾一個。
このような「無差別」爆撃があるでしょうか?
「重慶爆撃」について、重慶偵察飛行をしたことのあるGさんから一言。
重慶は蒋介石軍の本部があり、大規模な兵站補給基地かつ空軍基地を備えた軍事都市である。
日本軍の「戦略爆撃」は、中国軍の飛行場、高射砲陣地、兵舎、軍需工場、軍需品集積所などを狙ったもので、市街や市民を無差別に爆撃するほど日本軍に爆弾の余裕はない。
偵察機による赤外線写真に基づいて、効率よく爆撃するのが日本軍である。
もちろん、誤爆や目標をそれる爆弾があり、市民が巻き添えになることもあるが、
死傷者と焼失家屋については、軍人と市民、軍事施設と民家とをはっきり区分すべきである。
重慶爆撃とは無関係ですが、アメリカ軍は昭和19年12月18日、日本軍の前線本部のある漢口の市街地を無差別に焼夷弾で焼き払った。
当然、中国軍の了承の上である。
焼かれたのはほとんど中国人の民家や商店である(戦前に米英独が建てたビルは現存している)。
地上戦を含めて、中国軍には自国の国民を守ろうという意識はなかった。
この焼夷弾の効果に満足した米軍は、日本本土焦土作戦に出る。
昭和20年3月10日の東京大空襲では、中国の同盟国アメリカ軍のB29爆撃機334機が来襲。
一日で住宅26万7千戸が焼失。一般市民の死者推定10万人。
これを無差別爆撃という。
◇謝罪と国家賠償求め
日中戦争中の1938〜43年、旧日本軍による中国・重慶への爆撃で家族を奪われるなどしたとして、中国人被害者約40人が今月30日、日本政府に謝罪と国家賠償を求める訴訟を東京地裁で起こす。旧日本軍の中国での爆撃を巡っては、95年に細菌戦や南京大虐殺の被害者とともに中国人男性が提訴したが、集団訴訟は初めて。【遠藤孝康】
◇「国際法違反」と追及
37年12月の南京陥落後、重慶には国民党政権の暫定政府が置かれ、抗日運動の拠点となった。旧日本軍は38年2月から5年半、重慶の市街地などを集中爆撃した。最近の中国側調査によると、死者は約2万4000人。重慶爆撃はアジアで初めての無差別爆撃だった。
原告側の一瀬敬一郎弁護士(第二東京弁護士会)によると、提訴するのは、重慶市街やその周辺で爆撃を受け、家族を失ったり、負傷した男女約40人。訴訟では、無差別爆撃はハーグ陸戦条約(1907年)など当時の国際法違反だったとして、1人当たり1000万円の慰謝料を求める。原告らは04年4月に日本政府に賠償を求める原告団を結成し、訴訟準備を進めていた。
中国人による戦後補償訴訟は、強制連行や従軍慰安婦、細菌戦などを巡って提訴されたが、高裁段階で原告が勝訴したのは、04年7月の強制連行を巡る広島高裁判決(上告中)のみ。
一瀬弁護士は「訴訟を通じ、現代の戦争にもつながる無差別爆撃の違法性を訴えたい」と話している。
3月26日朝刊
(毎日新聞) - 3月26日16時1分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060326-00000231-mailo-l34
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「軽視論」トピに、ホンキーさんが投稿されたS学会新聞の記事を発見できなかったのですが、次のようなデーターがあり、コピーしておりました。
また、死傷者数を死者数に書き換えてます。(苦笑)
>>日中戦争の最中、1938年2月18日から中華民国の臨時首都重慶に対する戦略爆撃を開始している。この爆撃は1943年8月23日まで5年半の長期に及んだ。
>>この間の被害に関する最新のデータは、日本機の出撃回数9513回、投下爆弾2万1593個、爆死者1万1889人、爆弾による負傷者1万4100人、焼失家屋1万7608軒である。
投下爆弾2.27個/出撃一回。
死傷者2.73人/出撃一回。
死傷者1.20人/投下爆弾一個。
焼失家屋0.82軒/投下爆弾一個。
このような「無差別」爆撃があるでしょうか?
「重慶爆撃」について、重慶偵察飛行をしたことのあるGさんから一言。
重慶は蒋介石軍の本部があり、大規模な兵站補給基地かつ空軍基地を備えた軍事都市である。
日本軍の「戦略爆撃」は、中国軍の飛行場、高射砲陣地、兵舎、軍需工場、軍需品集積所などを狙ったもので、市街や市民を無差別に爆撃するほど日本軍に爆弾の余裕はない。
偵察機による赤外線写真に基づいて、効率よく爆撃するのが日本軍である。
もちろん、誤爆や目標をそれる爆弾があり、市民が巻き添えになることもあるが、
死傷者と焼失家屋については、軍人と市民、軍事施設と民家とをはっきり区分すべきである。
重慶爆撃とは無関係ですが、アメリカ軍は昭和19年12月18日、日本軍の前線本部のある漢口の市街地を無差別に焼夷弾で焼き払った。
当然、中国軍の了承の上である。
焼かれたのはほとんど中国人の民家や商店である(戦前に米英独が建てたビルは現存している)。
地上戦を含めて、中国軍には自国の国民を守ろうという意識はなかった。
この焼夷弾の効果に満足した米軍は、日本本土焦土作戦に出る。
昭和20年3月10日の東京大空襲では、中国の同盟国アメリカ軍のB29爆撃機334機が来襲。
一日で住宅26万7千戸が焼失。一般市民の死者推定10万人。
これを無差別爆撃という。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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