Re: はじめまして
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/23 00:44 投稿番号: [3686 / 7270]
>(私は今までどちらかというと日本の過去に行った事に対して罪悪感を感じていた)
参考までに。
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鄭大均著「在日・強制連行の神話」より抜粋。
被害者性を売り物にする態度
森田(芳夫)と朴(慶植)の二冊の在日論において、影響力を発揮し、高い評価を得ているのは朴の本のほうである。だがその成功とは、自己の被害者性を売り物にし、日本人に集団的な罪意識を植えつけることによってもたらされた成功であり、これは見せかけの成功に過ぎない。被害者性を売り物にする態度は、日本人に集団的な罪意識の感覚を植えつけ、日本人から批判精神を抜き取ってしまうからである。被害者性を売り物にする態度とは、たとえば「序」の出だしにある次のような文に見られるものである。
〈私は日本語で話したり、書いたりすることについて常に不自然さを痛感している。
朝鮮人が日本語を話すということは、思想交流の手段として一つの外国語をマスターしているという技術的な問題に解消しえないなにかをもっている。それは朝鮮人が日本語を話すにいたった事情が、帝国主義と植民地、圧迫と被圧迫という関係から切りはなしては考えられないからである。
私と同じ世代の人々や、更に年をとった人達は、日本語を強要され、また日本語を話せないために、さまざまな苦しみを直接身にうけてきたし、また、日本で生れた子供達は、母国語を充分に話せないために民族的虚無主義におちいる危険性をもっている。いま在日朝鮮人が日本語を話すということには、過去において、朝鮮人が被圧迫民族として身に受けた苦しみや、現在日本に住むことによっておきてくるさまざまな問題がからまっているのである。日本では、日本語を話す朝鮮人のこうした歴史的な背景ないしは朝鮮人の民族的感情を深く考えてみるような見方、ないしは研究課題がほとんどないのではないかと思う。
過去日本帝国主義下の被圧迫民族であった朝鮮人のこうした気持を理解することなしに朝鮮問題を論じても、魂のぬけた形骸にとりくむのと同じであり、国際的連帯をより強化することはむずかしい。
最近、「韓日会談」を契機にして、朝鮮問題にたいする関心が高まり、雑誌などでもしばしばとりあげられているが、それらの多くは、朝鮮人からみて、日本人の主体性において言わねばならず、またしなくてはならない重要なものがぬけおちて、チグパグなものを感じる〉(一〇頁)
考えてみたらいい。朴慶植が日本にやってきたのは七歳のときであり、四九年に大学を卒業するまで、日本の学校での教育を受けている。ということは、朝鮮語の話し言葉はできたとしても、それは幼児語のレベルであり、書き言葉や読み言葉ということになると、これは朝鮮語では困難と考えるのが自然であろう。実際、朴慶植は九〇年に行われた講演で、四九年四月から朝鮮中・高校で、社会科を担任するようになったとき、朝鮮語で話すことも書くこともあまりできなくて困ったとか、当時の朝鮮学校教師の三分の一ほどは自分と同じように朝鮮語がうまくなかったという(『在日朝鮮人・強制連行・民族問題』三一書房、一九九二年、六一二頁)。
要するに、ここに記されているのは、自己の被害者性を際だたせるためのはったりであり、これをいうと、日本人は萎縮し、黙ることを知っているから、こんな文を「序」に置いたのである。これはつまり自己防衛的な言説であり、在日──といっても、この本を読むことができたのは少数のインテリだけであろうが──には多分身に覚えのある話であるから、苦笑の声も聞こえてくるというわけである。その後に続く文で朴は、朝鮮人が日本語を話すにいたった事情が、「帝国主義と植民地」、「圧迫と被圧迫」の関係から切りはなしては考えられないとか、「日本帝国主義下の被圧迫民族であった朝鮮人のこうした気持」を理解することなく、朝鮮問題を論じるべきではないというが、これまたインテリの在日コリアンには馴染みの話であろう。
参考までに。
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鄭大均著「在日・強制連行の神話」より抜粋。
被害者性を売り物にする態度
森田(芳夫)と朴(慶植)の二冊の在日論において、影響力を発揮し、高い評価を得ているのは朴の本のほうである。だがその成功とは、自己の被害者性を売り物にし、日本人に集団的な罪意識を植えつけることによってもたらされた成功であり、これは見せかけの成功に過ぎない。被害者性を売り物にする態度は、日本人に集団的な罪意識の感覚を植えつけ、日本人から批判精神を抜き取ってしまうからである。被害者性を売り物にする態度とは、たとえば「序」の出だしにある次のような文に見られるものである。
〈私は日本語で話したり、書いたりすることについて常に不自然さを痛感している。
朝鮮人が日本語を話すということは、思想交流の手段として一つの外国語をマスターしているという技術的な問題に解消しえないなにかをもっている。それは朝鮮人が日本語を話すにいたった事情が、帝国主義と植民地、圧迫と被圧迫という関係から切りはなしては考えられないからである。
私と同じ世代の人々や、更に年をとった人達は、日本語を強要され、また日本語を話せないために、さまざまな苦しみを直接身にうけてきたし、また、日本で生れた子供達は、母国語を充分に話せないために民族的虚無主義におちいる危険性をもっている。いま在日朝鮮人が日本語を話すということには、過去において、朝鮮人が被圧迫民族として身に受けた苦しみや、現在日本に住むことによっておきてくるさまざまな問題がからまっているのである。日本では、日本語を話す朝鮮人のこうした歴史的な背景ないしは朝鮮人の民族的感情を深く考えてみるような見方、ないしは研究課題がほとんどないのではないかと思う。
過去日本帝国主義下の被圧迫民族であった朝鮮人のこうした気持を理解することなしに朝鮮問題を論じても、魂のぬけた形骸にとりくむのと同じであり、国際的連帯をより強化することはむずかしい。
最近、「韓日会談」を契機にして、朝鮮問題にたいする関心が高まり、雑誌などでもしばしばとりあげられているが、それらの多くは、朝鮮人からみて、日本人の主体性において言わねばならず、またしなくてはならない重要なものがぬけおちて、チグパグなものを感じる〉(一〇頁)
考えてみたらいい。朴慶植が日本にやってきたのは七歳のときであり、四九年に大学を卒業するまで、日本の学校での教育を受けている。ということは、朝鮮語の話し言葉はできたとしても、それは幼児語のレベルであり、書き言葉や読み言葉ということになると、これは朝鮮語では困難と考えるのが自然であろう。実際、朴慶植は九〇年に行われた講演で、四九年四月から朝鮮中・高校で、社会科を担任するようになったとき、朝鮮語で話すことも書くこともあまりできなくて困ったとか、当時の朝鮮学校教師の三分の一ほどは自分と同じように朝鮮語がうまくなかったという(『在日朝鮮人・強制連行・民族問題』三一書房、一九九二年、六一二頁)。
要するに、ここに記されているのは、自己の被害者性を際だたせるためのはったりであり、これをいうと、日本人は萎縮し、黙ることを知っているから、こんな文を「序」に置いたのである。これはつまり自己防衛的な言説であり、在日──といっても、この本を読むことができたのは少数のインテリだけであろうが──には多分身に覚えのある話であるから、苦笑の声も聞こえてくるというわけである。その後に続く文で朴は、朝鮮人が日本語を話すにいたった事情が、「帝国主義と植民地」、「圧迫と被圧迫」の関係から切りはなしては考えられないとか、「日本帝国主義下の被圧迫民族であった朝鮮人のこうした気持」を理解することなく、朝鮮問題を論じるべきではないというが、これまたインテリの在日コリアンには馴染みの話であろう。
これは メッセージ 3681 (chiemieverett さん)への返信です.
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