Re: イ・ヨンフン教授インタビュー①
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/02 03:25 投稿番号: [3239 / 7270]
初夢前の濃厚な勉強会でございました。
ボリュームもたっぷり・・・(でも消化には良い健康食といった感じでした)
>一部の良識的学者の論が一般常識になることを願っています。
朝鮮日報一日付けの社説を見ると、ある程度気付いてはいるのかなと思いました。
↓「2006年、世界の時間と韓国の時間 」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/01/20060101000000.html
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記事入力 : 2006/01/01 00:01 2006年、世界の時間と韓国の時間
時間は、場所とともに人間活動の主な舞台だ。個人が時間のなかで生活を営むように、国家と民族も時間という舞台の上で歴史を創り上げもし、また滅びもする。ある人の生涯が、与えられた時間をどのように生きてきたかで評価されるように、ある国家、ある民族の運命も、時間という原料でどのような歴史を作ってきたかによって決定づけられる。
100年前、北東アジア3国の韓国・中国・日本の運命も、それぞれの国家が生きていた時間の性格によって決定付けられた。韓国と中国が、前近代・半封建の末期にしがみついていたなか、日本は独り近代の入り口を乗り越えた。韓国と中国が北東アジアという「辺境の時間」のなかに閉じこめられたとすれば、日本は「世界史の標準時間」のなかに足を踏み入れたのだ。この差が、3国の運命を植民地・半植民地・殖民国家に分けてしまった。
1945年の独立以降、大韓民国が歩んできた60年は、われわれが100年前に逃してしまった歴史の入口を取り戻して、急いで近代を卒業し、「世界史の標準時間」のなかに駆け込もうとする必死の辛抱ともがきの歴史だった。
〜中略〜
ここ数年間のことだ。「他人が自分を認めないことを心配せず、自分の足りなさを痛ましく思え(不患人之不己知 患己無能也)」といったことわざを思い浮かべる。ここ数年間に韓国が、北東アジア3国が抜きつ抜かれつの競争を繰り広げた未来という時間の舞台を自ら一人で歩きし、過去の時間のなかに後退してしまったためだ。
先頭に立ってこのような事態を招いた大韓民国の為政者たちも、「過去を立て直してこそ、未来を立て直すことができる」という命題の是非は論外にして、この事実だけは否定することができないだろう。
しかし世界歴史のどこにも、過去をきちんと立て直すことで現在と未来を先取りした国は存在しない。世界の中心国家は、現在と未来を開拓することで、過去の歴史にも栄光の服を着せた国々だ。
「世界史の標準時間」が未来と21世紀に焦点が合わせられた2006年、大韓民国の最大の国家プロジェクトが、「過去の歴史の清算」であるだけに、われわれが生きているこの地の時間を正確に示す時計の針は存在しない。われわれは今、「現在が過去であり、過去が現在だ」という、とんでもない逆説が堂々とはびこる地で生きているのだ。
2006年、われわれが目をしっかり見開いて、大韓民国の内と外を見守らなければならない理由もここにある。もちろん、今年われわれが目を凝らして見極めるべきものは過去史の問題だけではない。 5月の地方選挙を見守る目も、われわれを未来という「世界史の標準時間」に導いてくれる勢力がどちらであり、われわれの足を過去へと引っ張る勢力がどちらなのかを見抜く力を持たなければならない。
〜略〜
結局、今年一年間に大韓民国とわれわれ国民に与えられた課題の成否は、大韓民国を作って、育んできた先の世代から譲り受けた未来という「21世紀の標準時間」を、過去という「辺境の時間」に逆行させようとする勢力の脅威からどうやって守り抜くかにかかっている。
この闘いの勝敗によって、北東アジア3国のなかで韓国が100年前と同じくまた「辺境の時間」のなかに転んで落ちてしまうのか、それとも「世界史の標準時間」と「世界のヒノキ舞台」で国民の力と考えを未来に集め、再跳躍できるのかが決まることだろう。
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>大韓民国の最大の国家プロジェクトが、「過去の歴史の清算」であるだけに、われわれが生きているこの地の時間を正確に示す時計の針は存在しない。
>先の世代から譲り受けた未来という「21世紀の標準時間」を、過去という「辺境の時間」に逆行させようとする勢力の脅威からどうやって守り抜くかにかかっている。
どうやら、「歴史問題」についての韓国側為政者の発言にはせっせと「噛付く」のが「真の友好」となるのかもしれません。
ボリュームもたっぷり・・・(でも消化には良い健康食といった感じでした)
>一部の良識的学者の論が一般常識になることを願っています。
朝鮮日報一日付けの社説を見ると、ある程度気付いてはいるのかなと思いました。
↓「2006年、世界の時間と韓国の時間 」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/01/20060101000000.html
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記事入力 : 2006/01/01 00:01 2006年、世界の時間と韓国の時間
時間は、場所とともに人間活動の主な舞台だ。個人が時間のなかで生活を営むように、国家と民族も時間という舞台の上で歴史を創り上げもし、また滅びもする。ある人の生涯が、与えられた時間をどのように生きてきたかで評価されるように、ある国家、ある民族の運命も、時間という原料でどのような歴史を作ってきたかによって決定づけられる。
100年前、北東アジア3国の韓国・中国・日本の運命も、それぞれの国家が生きていた時間の性格によって決定付けられた。韓国と中国が、前近代・半封建の末期にしがみついていたなか、日本は独り近代の入り口を乗り越えた。韓国と中国が北東アジアという「辺境の時間」のなかに閉じこめられたとすれば、日本は「世界史の標準時間」のなかに足を踏み入れたのだ。この差が、3国の運命を植民地・半植民地・殖民国家に分けてしまった。
1945年の独立以降、大韓民国が歩んできた60年は、われわれが100年前に逃してしまった歴史の入口を取り戻して、急いで近代を卒業し、「世界史の標準時間」のなかに駆け込もうとする必死の辛抱ともがきの歴史だった。
〜中略〜
ここ数年間のことだ。「他人が自分を認めないことを心配せず、自分の足りなさを痛ましく思え(不患人之不己知 患己無能也)」といったことわざを思い浮かべる。ここ数年間に韓国が、北東アジア3国が抜きつ抜かれつの競争を繰り広げた未来という時間の舞台を自ら一人で歩きし、過去の時間のなかに後退してしまったためだ。
先頭に立ってこのような事態を招いた大韓民国の為政者たちも、「過去を立て直してこそ、未来を立て直すことができる」という命題の是非は論外にして、この事実だけは否定することができないだろう。
しかし世界歴史のどこにも、過去をきちんと立て直すことで現在と未来を先取りした国は存在しない。世界の中心国家は、現在と未来を開拓することで、過去の歴史にも栄光の服を着せた国々だ。
「世界史の標準時間」が未来と21世紀に焦点が合わせられた2006年、大韓民国の最大の国家プロジェクトが、「過去の歴史の清算」であるだけに、われわれが生きているこの地の時間を正確に示す時計の針は存在しない。われわれは今、「現在が過去であり、過去が現在だ」という、とんでもない逆説が堂々とはびこる地で生きているのだ。
2006年、われわれが目をしっかり見開いて、大韓民国の内と外を見守らなければならない理由もここにある。もちろん、今年われわれが目を凝らして見極めるべきものは過去史の問題だけではない。 5月の地方選挙を見守る目も、われわれを未来という「世界史の標準時間」に導いてくれる勢力がどちらであり、われわれの足を過去へと引っ張る勢力がどちらなのかを見抜く力を持たなければならない。
〜略〜
結局、今年一年間に大韓民国とわれわれ国民に与えられた課題の成否は、大韓民国を作って、育んできた先の世代から譲り受けた未来という「21世紀の標準時間」を、過去という「辺境の時間」に逆行させようとする勢力の脅威からどうやって守り抜くかにかかっている。
この闘いの勝敗によって、北東アジア3国のなかで韓国が100年前と同じくまた「辺境の時間」のなかに転んで落ちてしまうのか、それとも「世界史の標準時間」と「世界のヒノキ舞台」で国民の力と考えを未来に集め、再跳躍できるのかが決まることだろう。
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>大韓民国の最大の国家プロジェクトが、「過去の歴史の清算」であるだけに、われわれが生きているこの地の時間を正確に示す時計の針は存在しない。
>先の世代から譲り受けた未来という「21世紀の標準時間」を、過去という「辺境の時間」に逆行させようとする勢力の脅威からどうやって守り抜くかにかかっている。
どうやら、「歴史問題」についての韓国側為政者の発言にはせっせと「噛付く」のが「真の友好」となるのかもしれません。
これは メッセージ 3229 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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