イ・ヨンフン教授インタビュー⑤
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/02 01:17 投稿番号: [3233 / 7270]
○伊藤博文は、最後まで日本の韓国併合に反対した
(問) 日本の立場で見れば、国益による合理的判断をしたと見ることもできますね。
日本の韓国併合の過程も多くの研究が必要です。1876年から韓国に侵入する計画を立てて段階的に推進して来たという、すなわち日本が初めから韓半島併合の意図を持っていたように語ることは間違いです。韓国の対応、中国の対応、世界の対応が相互に交差する過程で、日本としても一つの不可避であった選択過程が具体化され、可視化された過程だっただけですよ。私は、1905年その年だけを見ても、まだ状況が流動的だったと見ます。日本の初代統監伊藤博文も、自分が実権を握る前までにしても、韓国併合に反対したんですよ。
あまり知られていない話ですが、伊藤博文は「独自の文化を一千年以上持つ民族を植民地として併合すれば、日本としては大きい後患」と言いました。「大韓帝国を支援し、大韓帝国自らが富国強兵となり日本と協調的な勢力になることが最善」というのが伊藤の立場でした。 1905年、韓国の財政顧問として派遣された目賀田は、通貨改革と財政改革を断行した以後直ちに土地調査事業を試みますが、伊藤はこれを阻み、それでもいうことを聞かないので日本に追い返した事件もありました。
伊藤は、土地調査を通じて韓国に対する植民事業をすることが時期尚早と思ったわけで、それなりに状況を観察しながら他の道を模索したものと見られますね。しかし宋秉蔲(ソン・ビョンジュン)を中心とする一進会の伊藤弾劾、高宗のハーグ密使事件などによって、伊藤翁の路線は結局挫折してしまいます。こんな状況を推して見る時、日本の韓国併合自体も最後まで状況は流動的だったし、韓国人たちの主体的実践によって他の道の可能性もあったというのが私の考えです。
朝鮮王朝が20世紀の世界史地図から消されという甚だしい悲劇を発生させた原因は、盲目的反日主義にあったと見ます。当時の支配層には、日本との協力を模索する考えなど全然無かったのですよ。まあ、200〜300年間平等な関係だった日本の地位が、ある日急に格上げされて朝鮮王朝に対して高圧的態度を見せたので、受容することはできなかったのでしょう。 国を奪われて植民地になった以後にも、朝鮮王から田舍の儒生まで、日本のことを「黒歯」(歯が黒い野蛮人たち)と言って蔑んだくらいで、このような盲目的な反日感情と文化的優越感が、結局、実用主義的外交を不可能にしたと言えます。こんな亡国史を通じて痛切に反省して、大韓民国の未来のためにも日本との協力を強化しなければならないのに、今我が国を見ればそのようになる気配は見えません。
(続く)
(問) 日本の立場で見れば、国益による合理的判断をしたと見ることもできますね。
日本の韓国併合の過程も多くの研究が必要です。1876年から韓国に侵入する計画を立てて段階的に推進して来たという、すなわち日本が初めから韓半島併合の意図を持っていたように語ることは間違いです。韓国の対応、中国の対応、世界の対応が相互に交差する過程で、日本としても一つの不可避であった選択過程が具体化され、可視化された過程だっただけですよ。私は、1905年その年だけを見ても、まだ状況が流動的だったと見ます。日本の初代統監伊藤博文も、自分が実権を握る前までにしても、韓国併合に反対したんですよ。
あまり知られていない話ですが、伊藤博文は「独自の文化を一千年以上持つ民族を植民地として併合すれば、日本としては大きい後患」と言いました。「大韓帝国を支援し、大韓帝国自らが富国強兵となり日本と協調的な勢力になることが最善」というのが伊藤の立場でした。 1905年、韓国の財政顧問として派遣された目賀田は、通貨改革と財政改革を断行した以後直ちに土地調査事業を試みますが、伊藤はこれを阻み、それでもいうことを聞かないので日本に追い返した事件もありました。
伊藤は、土地調査を通じて韓国に対する植民事業をすることが時期尚早と思ったわけで、それなりに状況を観察しながら他の道を模索したものと見られますね。しかし宋秉蔲(ソン・ビョンジュン)を中心とする一進会の伊藤弾劾、高宗のハーグ密使事件などによって、伊藤翁の路線は結局挫折してしまいます。こんな状況を推して見る時、日本の韓国併合自体も最後まで状況は流動的だったし、韓国人たちの主体的実践によって他の道の可能性もあったというのが私の考えです。
朝鮮王朝が20世紀の世界史地図から消されという甚だしい悲劇を発生させた原因は、盲目的反日主義にあったと見ます。当時の支配層には、日本との協力を模索する考えなど全然無かったのですよ。まあ、200〜300年間平等な関係だった日本の地位が、ある日急に格上げされて朝鮮王朝に対して高圧的態度を見せたので、受容することはできなかったのでしょう。 国を奪われて植民地になった以後にも、朝鮮王から田舍の儒生まで、日本のことを「黒歯」(歯が黒い野蛮人たち)と言って蔑んだくらいで、このような盲目的な反日感情と文化的優越感が、結局、実用主義的外交を不可能にしたと言えます。こんな亡国史を通じて痛切に反省して、大韓民国の未来のためにも日本との協力を強化しなければならないのに、今我が国を見ればそのようになる気配は見えません。
(続く)
これは メッセージ 3232 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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