Re: >善悪抜きのクールな解説①
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/14 09:58 投稿番号: [3190 / 7270]
呼ばれたようですので参上しました。
「くつわ十字」って島津ですか?そうならうれしいです(笑)
>隋・唐・(五代十国)・宋(北宋・南宋・金・西夏)・元・明・清と変遷しています。
>前代の王朝を追いやった勢力は攻めた時点では「蛮族」で、覇権を握った時点で(あるいは覇権を握る条件として)
>中華思想に染まっていったのでは?(平安時代、平家が公家風に染まったように)
支那の場合、支配者と民衆社会の分離があります。
支配者が、民衆社会への過度な干渉をせず、税金をとりたてるだけであれば、民衆は適度に支配者層とは距離を置いて生活します。
逆に、苛斂誅求やたび重なる外征などの酷い政治を行なわれて、民衆社会の生存に危機が及べば、武器を執って蜂起する。それが成功すれば「易姓革命」、失敗すれば「反乱」というだけの話になります。
支配者が変わって民衆社会に絶大な影響があった例は、清が辮髪を強要したのと、毛沢東の革命程度ではないでしょうか。
話がややずれてしまいましたが、支那史において「中華民族」というものは存在しません。匈奴や女真などの北方民族、もっと古代ならチベット系羌族、ベトナム系の呉越・楚など周辺民族が、中原の文明に参加すれば、それで「中華の人」認定なわけです。日本人なら唐の官吏になった阿倍仲麻呂も「中華の人」ですね。
それと、支那の統治システムは秦漢の時代でほぼ固まっています。
おおざっぱにいえば、皇帝が官吏を任命、官吏は民政を担当し、民衆社会に租税徴収を請け負わせる、というものです。
また、「中華的=儒教的」というのも、美しい偏見であり、実際は、皇帝らは儒教の徳治をお題目に唱え、下級官僚たちの実務は法治、という「本音と建前」統治制度です。
「請負政治」というのは、重要なキーワードだと思います。
皇帝が租税3千万円の徴収を命じれば、官吏は3千5百万を徴収して、5百万円は自分の成功報酬とする。
軍事でいえば、戦地に赴く将軍は戦費を請求した分、無問題で支給されます。そこから自分の取り分を差し引いて実際の戦費を支出する。兵の給料や食料費をピンハネするというのは、取り分を欲張っているということです。
その代わり、将軍は戦争の勝利を請け負っております。担保は自分、あるいは一族の生命。敗戦の責任を問われて処刑されるということですね。有名なところでは、「街亭の戦い」の蜀の馬謖、「城ボク(さんずいに僕)の戦い」の楚の子玉あたりですかね。
現代なら「経済解放区」が請負政治に近いでしょう。国家への上納金さえ納めればオッケーというやつです。
またずれてしまいましたが、そういった社会統治システムが固定されている以上、天下を取った支配者はそのシステムに乗るしかないわけです。楽ですし、代案に妙策もないですし。官職名を変えたり、ポストを新設したりしますが、本筋は全然変わってないのです。
それが「中華思想に染まる」ということの実態ではないかと思っています。これを破るには、結局、毛沢東が「共産主義」という新しい思想とシステムを持ち込むのを待つしかなかったんでしょうね。
「くつわ十字」って島津ですか?そうならうれしいです(笑)
>隋・唐・(五代十国)・宋(北宋・南宋・金・西夏)・元・明・清と変遷しています。
>前代の王朝を追いやった勢力は攻めた時点では「蛮族」で、覇権を握った時点で(あるいは覇権を握る条件として)
>中華思想に染まっていったのでは?(平安時代、平家が公家風に染まったように)
支那の場合、支配者と民衆社会の分離があります。
支配者が、民衆社会への過度な干渉をせず、税金をとりたてるだけであれば、民衆は適度に支配者層とは距離を置いて生活します。
逆に、苛斂誅求やたび重なる外征などの酷い政治を行なわれて、民衆社会の生存に危機が及べば、武器を執って蜂起する。それが成功すれば「易姓革命」、失敗すれば「反乱」というだけの話になります。
支配者が変わって民衆社会に絶大な影響があった例は、清が辮髪を強要したのと、毛沢東の革命程度ではないでしょうか。
話がややずれてしまいましたが、支那史において「中華民族」というものは存在しません。匈奴や女真などの北方民族、もっと古代ならチベット系羌族、ベトナム系の呉越・楚など周辺民族が、中原の文明に参加すれば、それで「中華の人」認定なわけです。日本人なら唐の官吏になった阿倍仲麻呂も「中華の人」ですね。
それと、支那の統治システムは秦漢の時代でほぼ固まっています。
おおざっぱにいえば、皇帝が官吏を任命、官吏は民政を担当し、民衆社会に租税徴収を請け負わせる、というものです。
また、「中華的=儒教的」というのも、美しい偏見であり、実際は、皇帝らは儒教の徳治をお題目に唱え、下級官僚たちの実務は法治、という「本音と建前」統治制度です。
「請負政治」というのは、重要なキーワードだと思います。
皇帝が租税3千万円の徴収を命じれば、官吏は3千5百万を徴収して、5百万円は自分の成功報酬とする。
軍事でいえば、戦地に赴く将軍は戦費を請求した分、無問題で支給されます。そこから自分の取り分を差し引いて実際の戦費を支出する。兵の給料や食料費をピンハネするというのは、取り分を欲張っているということです。
その代わり、将軍は戦争の勝利を請け負っております。担保は自分、あるいは一族の生命。敗戦の責任を問われて処刑されるということですね。有名なところでは、「街亭の戦い」の蜀の馬謖、「城ボク(さんずいに僕)の戦い」の楚の子玉あたりですかね。
現代なら「経済解放区」が請負政治に近いでしょう。国家への上納金さえ納めればオッケーというやつです。
またずれてしまいましたが、そういった社会統治システムが固定されている以上、天下を取った支配者はそのシステムに乗るしかないわけです。楽ですし、代案に妙策もないですし。官職名を変えたり、ポストを新設したりしますが、本筋は全然変わってないのです。
それが「中華思想に染まる」ということの実態ではないかと思っています。これを破るには、結局、毛沢東が「共産主義」という新しい思想とシステムを持ち込むのを待つしかなかったんでしょうね。
これは メッセージ 3187 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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