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 とりあえずの資料2(続き)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/12/03 04:14 投稿番号: [3152 / 7270]
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  日露戦争は、日本が体験した戦争のなかで、最も輝かしいものであった。世界最強の陸軍国ロシアと互角にたたかい、日本海海戦でははるかヨーロッパから回航されてきたバルチック艦隊に、海戦史上に残る壊滅的打撃をあたえた。ロシアの東洋進出は、祖国日本の危機だとかんがえられた。日本はこの戦争に勝利する自信もなければ、戦費もなかった。戦費は外債にもとめられた。このような戦争が侵略戦争であろうはずがなく、大義名分のある防衛的戦争であったと、当時の人々は理解した。たしかに、ロシアに対しては、日本は防衛的であった。もしも、朝鮮半島がロシアの支配下におかれ、しかるのちに日本の独立がおびやかされるよりも、そのまえの段階で対露戦にたちあがるほうが軍事的合理性があったかもしれない。しかし、このことは、朝鮮・中国の対して侵略的であったことを帳消しにはしないであろう。日露開戦を決定した文書にも、「帝國政府は自衛のため並に帝國既得の権利を擁護するため」とあった。日露戦争は祖国防衛戦争的な性格と同時に、中国大陸・朝鮮半島での利権争いという性格をあわせもっているのである。日本が特別に侵略的であったわけではない。先輩のヨーロッパ列強がしていることを忠実に日本も踏襲したのである。
  日露戦争の一応の勝利によって、日本はますます本格的な帝国主義に成長していった。中国大陸での利権の拡大、国防上の拠点の獲得。そしてついに1932年には日本の傀儡国家である満州国の建国にまで至った。おくれて帝国主義国家となった日本は、性急で、未熟な膨張主義をとりつづけた。1937年の、宣戦布告なき中国との全面戦争の開始は、侵略とよぶにはあまりに無計画な冒険のはじまりであった。戦線の拡大は、つぎの戦線の拡大をよび、1941年には日本軍の南部仏印進駐にまでおよんだ。このことが、以前から日本の中国での軍事行動を抑止しようとしていたアメリカと決定的な対立点となった。アメリカは、イギリス、オランダとともに対日石油輸出禁止にふみきり、また日本軍の中国からの全面的撤兵を要求した。
  日本に残されたのは、従来の中国政策を根本的にあらためるか、軍事的冒険にかけるかであった。当時、日本とアメリカの石油・鉄鉱石・銑鉄・銅・アルミニウムなどの主要物資の生産高は、1対78であった。数字のわかる侵略者なら、対米戦争という軍事的冒険はしなかったであろう。しかし、中国大陸での利益の獲得は多くの日本人の血であがなわれたものであった。その全面的放棄は、センチメンタルな軍人たちには考えられないことであった。そして、彼等の心の底には、他国を植民地化することは、アメリカもイギリスもオランダもしていることではないか、おなじことをして日本だけが批難されるのは理不尽だ、という気持ちがあったにちがいない。
  たしかに、日本の軍事的行動は、その根本において西洋の国々と同一であった。日本の悪は、それを批難する国々の悪でもあった。ただひとついえることは、日本は、西洋の先輩たちほどに、じょうずな帝国主義的国家ではなかったということである。

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