亀レスですが(松代大本営)
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2005/06/11 20:10 投稿番号: [2432 / 7270]
>松本大本営趾といえば〜道新がコラムで何かかいてたような・・(今度さがしてみよう)
これですね。
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今日の話題(道新
夕刊11/25)
「松代大本営の趾」
山々が赤々と色づいた晩秋の休日、長野市松代町の大本営地下壕(壕)趾地を訪れた。
「正気のさたじゃない」。一部が公開されている象山地区の巨大な坑内を歩きながら、何度もそんな思いにかられた。
太平洋戦争末期、軍部は本土決戦に備え天皇や大本営の移動を計画。
岩盤の硬さなどから松代の象山と舞鶴山、皆神山を選んだ。
1944年11月から終戦まで山腹や地下に天皇御座所など70%以上が完成したという。
強制連行された朝鮮人労働者を含め、一日一万人近くが発破とドリルによる人海戦術で掘り進んだ。
象山には二十㍍間隔に二十本の本坑(高さ約三㍍、幅同四㍍)とそれをつなぐ連絡口が掘られた。
総延長は六㌔㍍に及ぶ。
地元で保存運動にかかわってきた小林園子さんは「坑内には空気坑が無い。大勢野見学客が来ると酸欠で息苦しくなる。
そんな所に隠れてまで戦争を続けようとしたんですね。」と話してくれた。
岩盤には朝鮮人が書いたと見られるハングルも残っている。
少なくない人々が事故や虐待で犠牲になった。ここでもまた正確な数字は明らかになっていない。
地下壕は戦後史の谷間に埋もれていたが、一七年前に地元高校生たちが呼びかけ、
市民有志による保存運動が始まった。
歴史を語り継ぐ拠点として平和祈念館構想もあり、いまでは年間十万人を越す見学者が訪れる。
文化庁の「近代遺跡」の候補に決まり、近く調査が始まる。
戦争がいかに人を狂気にかりたてるのか。地下壕跡はそれを思い知らせてくれる。(署
名)
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http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=2000578&tid=kl3a4fbba4nbfm4va4oa4bda4sa4ja4k52a4
a8a4fa4a4a4ka4na4aba1a9&sid=2000578&mid=986このレスにも書きましたが、道新の記者の方に「狂気」を感じます。
これは メッセージ 2399 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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