>24時間〜
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/05/30 01:31 投稿番号: [2402 / 7270]
ありましたね(笑)
(一週間や二週間寝てないのが下請けではごろごろいた某業界、今はどうなっていることやら・・)
あ、「ぼくらはみんな生きている」って「ジャパニーズ・ビジネスマン」が主人公の映画もその頃だったかな
(最後までは観てないのがちょっと気になっている作品です)
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=87936
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恋人を残し、単身タルキスタンに旅立った大手建築会社勤務の若手サラリーマン・啓一。そんな彼を出迎えたのは、現地支店長の中井戸と運転手のセーナだった。現地での生活形式の違いに戸惑う啓一ではあるが、一刻も早く日本に帰るため軍事政権に対しライバル企業とのプレゼンテーション合戦を開始する。しかし、そんな中クーデターが勃発。啓一ら日本人サラリーマンたちも争いに巻き込まれてゆく……。
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5月も終わりですね。沖縄もいろいろと事情は複雑なようです。
(部文コピペですので全文はリンク先を御覧下さい。「赤松事件」というのは初めて知りました)
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/heiki7/okinawa/okinawa
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〜略〜
沖縄戦での日本軍人による住民無視の行為は確かにあった。しかし、そればかりを強調しては、祖国を守るために身をささげた人達、またその遺族の誇りも名誉もあったものではない。
沖縄防衛のため三十二軍には六十二師団、二十四師団、海軍沖縄方面根拠地隊など約94,400人が配備された。
兵力補充のため沖縄県の17才から45才の男子25,000人が動員され、生徒による「鉄血勤皇隊」や、女生徒による「ひめゆり部隊」なども編成された。
また、本土からは義烈空挺隊の挺身攻撃や戦艦「大和」以下の連合艦隊の突入をはじめ、沖縄戦に向けて出撃した陸海軍の特攻機は2,571機にものぼる。沖縄戦では沖縄も日本本土も、軍人も民間人も総力をあげて米軍と勇敢に戦ったのだ。
これこそが「沖縄戦の実相」であろう。
沖縄戦は軍民一致で行われた。県民の耕作地や住んでいる所が戦場になった。生活の場に米軍が現れたのだ、多くの住民が戦闘にまきこまれた。
当時の沖縄県の人口は約45万、沖縄出身の戦没者は12万人にも達した。
海軍部隊指揮官大田実少将(死後中将)は玉砕前に海軍次官あてに打電した。それには沖縄県民がいかに軍に協力して郷土を守ろうとしたかを具体的に綴り「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と結んでいる。
ちなみに「沖縄戦の実相」という言葉は沖縄県教組のいわゆる業界用語の感がある。
〜略〜
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(一週間や二週間寝てないのが下請けではごろごろいた某業界、今はどうなっていることやら・・)
あ、「ぼくらはみんな生きている」って「ジャパニーズ・ビジネスマン」が主人公の映画もその頃だったかな
(最後までは観てないのがちょっと気になっている作品です)
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=87936
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恋人を残し、単身タルキスタンに旅立った大手建築会社勤務の若手サラリーマン・啓一。そんな彼を出迎えたのは、現地支店長の中井戸と運転手のセーナだった。現地での生活形式の違いに戸惑う啓一ではあるが、一刻も早く日本に帰るため軍事政権に対しライバル企業とのプレゼンテーション合戦を開始する。しかし、そんな中クーデターが勃発。啓一ら日本人サラリーマンたちも争いに巻き込まれてゆく……。
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5月も終わりですね。沖縄もいろいろと事情は複雑なようです。
(部文コピペですので全文はリンク先を御覧下さい。「赤松事件」というのは初めて知りました)
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/heiki7/okinawa/okinawa
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〜略〜
沖縄戦での日本軍人による住民無視の行為は確かにあった。しかし、そればかりを強調しては、祖国を守るために身をささげた人達、またその遺族の誇りも名誉もあったものではない。
沖縄防衛のため三十二軍には六十二師団、二十四師団、海軍沖縄方面根拠地隊など約94,400人が配備された。
兵力補充のため沖縄県の17才から45才の男子25,000人が動員され、生徒による「鉄血勤皇隊」や、女生徒による「ひめゆり部隊」なども編成された。
また、本土からは義烈空挺隊の挺身攻撃や戦艦「大和」以下の連合艦隊の突入をはじめ、沖縄戦に向けて出撃した陸海軍の特攻機は2,571機にものぼる。沖縄戦では沖縄も日本本土も、軍人も民間人も総力をあげて米軍と勇敢に戦ったのだ。
これこそが「沖縄戦の実相」であろう。
沖縄戦は軍民一致で行われた。県民の耕作地や住んでいる所が戦場になった。生活の場に米軍が現れたのだ、多くの住民が戦闘にまきこまれた。
当時の沖縄県の人口は約45万、沖縄出身の戦没者は12万人にも達した。
海軍部隊指揮官大田実少将(死後中将)は玉砕前に海軍次官あてに打電した。それには沖縄県民がいかに軍に協力して郷土を守ろうとしたかを具体的に綴り「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と結んでいる。
ちなみに「沖縄戦の実相」という言葉は沖縄県教組のいわゆる業界用語の感がある。
〜略〜
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これは メッセージ 2401 (honto_gou さん)への返信です.
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