「加害者と被害者」
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/04/01 23:26 投稿番号: [2211 / 7270]
しばらく前(2月11日)の記事です。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/02/11/20050211000048.html
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コラム 記事入力 : 2005/02/11 14:26
加害者と被害者
大統領の言葉もあったことから、これからは経済と民生に復帰するかと思えば、いつの間にか、過去史を掘り起こしては世の中を物騷とさせている。
「大統領が本当に変わるのか」ということに人々の話題が集中すると思ったら、世の中は「やはり」と、実感させられる。与党の指揮塔が交代され、野党もそれに相応するかのように見えたが、これら新しいリーダーシップの声は早くも党内タカ派の怒声にかき消されてしまう。
なぜそうなのか。世界の流れを読み取れないためだろうか。民心を無視したためだろうか。それとも、頭が足りないためだろうか。
多くの原因と診断があるだろうが、最大の原因は韓国の政界が依然として加害と被害の業から脱することができないためだと見える。加害の立場から見れば、まだ仕返しが終わってないことであり、被害の観点から見れば、まだ十分な鬱憤晴らしができなかったことになる。
そのため、世の中の流れはしきりに狂い、進んでは止まり、引き返そうとしてはこじれるのだ。
したがって、韓国社会がこの宿命的葛藤構造から脱するためには、そして、未来と生の向上に専念するためには、仕返しと鬱憤が晴らされ、その中核勢力、すなわち加害者と被害者の代表らが政界を去った後でこそ、可能になるだろう。
これらの人々がいる限り、与野党の対話は勿論、保守と進歩の妥協は不可能だ。
「産業化」と経済発展を掲げた既存の主流勢力は、政治権力の掌握と延長のために不合理で不道徳なことを敢行し、これらに対抗したいわゆる「民主化」勢力は多大な迫害と弾圧を受けた。
今や、過去の被害者だった人々が勢力化し、権力を握っており、政治的明暗は分かれた。このような状況であるため、韓国政治が単に数字上の与野党、理念上の左右という常識的交替の水準にとどまることができないのだ。
その交替が、名実ともなう最初のことであったため、鬱憤晴らしと報復は一層不可欠なことだったのかも知れない。
それに、過去加害者の立場だった人とその勢力らは、新勢力の試行錯誤を理由に、強く強く反発している。国会で指導部間のいかなる交渉も見出せずにいるのも、このような被害の報復意識と加害の反発意識が水と油のように別々に浮いているためだ。
指導者の誰かが「もうこの辺で止めよう」と言い出しても効き目がないのは、そのような状況でないためだ。
問題は、この世の中に加害と被害の業に縛られている人々が少数であるということだ。加害をしても、すでに引退した人が多く、被害を受けたとしても、すでに許している人も多い。そうでない人は、もしかすれば韓国国民の1%にもならないだろう。
今、世の中は過去の業報から脱せられない1%の勢力により、99%の国民が失意に陥り呆然としていたり、顔をそらし、違うところを見詰めるほかない、いたわしい状況に置かれている。
もはや、国民にできることは、これら加害と被害の当事者、または「勢力」を韓国の政界から早く卒業させることだ。
加害の幅がいくら大きくても、被害の恨みがどんなに広くても、全国民が彼らの後の祭りに付き合ってばかりいるわけにはいかない。
そのため、私たちは自分らの政治的目的のためにどんな破廉恥なことも辞さない権力の虫からも解放されるべきだが、過去の被害意識から脱せられず、すべての価値判断の基準を「君たちもやられて見ろ」という報復心理と、「私たちは誰々の味方」といった風な敵と味方分けに置く 恨みの伝令使から脱するべきだ。
過去の政治が「食べること」を言い訳に、権力的不正を耽溺したとすれば、今日の政治は「過去を正す」と掲げ、国民の「食べて生きる問題」を疎かにしているという批判を受けている。ただ、この前後のゲームで、国民の肌と密接することは、たとえ狡猾だという評価を受けるとしても、結局は食べることに帰結するということを、今日の政治関係者らは思い知るべきだ。
過去の被害者が過去の加害者から学ぶことがなければ、過去の被害者は今日のまたの加害者になる恐れがあるということ。そして、今日の被害者は99%、国民であるほかないということを知るべきだ。
金大中(キム・デジュン)/理事記者
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http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/02/11/20050211000048.html
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コラム 記事入力 : 2005/02/11 14:26
加害者と被害者
大統領の言葉もあったことから、これからは経済と民生に復帰するかと思えば、いつの間にか、過去史を掘り起こしては世の中を物騷とさせている。
「大統領が本当に変わるのか」ということに人々の話題が集中すると思ったら、世の中は「やはり」と、実感させられる。与党の指揮塔が交代され、野党もそれに相応するかのように見えたが、これら新しいリーダーシップの声は早くも党内タカ派の怒声にかき消されてしまう。
なぜそうなのか。世界の流れを読み取れないためだろうか。民心を無視したためだろうか。それとも、頭が足りないためだろうか。
多くの原因と診断があるだろうが、最大の原因は韓国の政界が依然として加害と被害の業から脱することができないためだと見える。加害の立場から見れば、まだ仕返しが終わってないことであり、被害の観点から見れば、まだ十分な鬱憤晴らしができなかったことになる。
そのため、世の中の流れはしきりに狂い、進んでは止まり、引き返そうとしてはこじれるのだ。
したがって、韓国社会がこの宿命的葛藤構造から脱するためには、そして、未来と生の向上に専念するためには、仕返しと鬱憤が晴らされ、その中核勢力、すなわち加害者と被害者の代表らが政界を去った後でこそ、可能になるだろう。
これらの人々がいる限り、与野党の対話は勿論、保守と進歩の妥協は不可能だ。
「産業化」と経済発展を掲げた既存の主流勢力は、政治権力の掌握と延長のために不合理で不道徳なことを敢行し、これらに対抗したいわゆる「民主化」勢力は多大な迫害と弾圧を受けた。
今や、過去の被害者だった人々が勢力化し、権力を握っており、政治的明暗は分かれた。このような状況であるため、韓国政治が単に数字上の与野党、理念上の左右という常識的交替の水準にとどまることができないのだ。
その交替が、名実ともなう最初のことであったため、鬱憤晴らしと報復は一層不可欠なことだったのかも知れない。
それに、過去加害者の立場だった人とその勢力らは、新勢力の試行錯誤を理由に、強く強く反発している。国会で指導部間のいかなる交渉も見出せずにいるのも、このような被害の報復意識と加害の反発意識が水と油のように別々に浮いているためだ。
指導者の誰かが「もうこの辺で止めよう」と言い出しても効き目がないのは、そのような状況でないためだ。
問題は、この世の中に加害と被害の業に縛られている人々が少数であるということだ。加害をしても、すでに引退した人が多く、被害を受けたとしても、すでに許している人も多い。そうでない人は、もしかすれば韓国国民の1%にもならないだろう。
今、世の中は過去の業報から脱せられない1%の勢力により、99%の国民が失意に陥り呆然としていたり、顔をそらし、違うところを見詰めるほかない、いたわしい状況に置かれている。
もはや、国民にできることは、これら加害と被害の当事者、または「勢力」を韓国の政界から早く卒業させることだ。
加害の幅がいくら大きくても、被害の恨みがどんなに広くても、全国民が彼らの後の祭りに付き合ってばかりいるわけにはいかない。
そのため、私たちは自分らの政治的目的のためにどんな破廉恥なことも辞さない権力の虫からも解放されるべきだが、過去の被害意識から脱せられず、すべての価値判断の基準を「君たちもやられて見ろ」という報復心理と、「私たちは誰々の味方」といった風な敵と味方分けに置く 恨みの伝令使から脱するべきだ。
過去の政治が「食べること」を言い訳に、権力的不正を耽溺したとすれば、今日の政治は「過去を正す」と掲げ、国民の「食べて生きる問題」を疎かにしているという批判を受けている。ただ、この前後のゲームで、国民の肌と密接することは、たとえ狡猾だという評価を受けるとしても、結局は食べることに帰結するということを、今日の政治関係者らは思い知るべきだ。
過去の被害者が過去の加害者から学ぶことがなければ、過去の被害者は今日のまたの加害者になる恐れがあるということ。そして、今日の被害者は99%、国民であるほかないということを知るべきだ。
金大中(キム・デジュン)/理事記者
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これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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