京城日報の記事続き
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2005/03/28 12:11 投稿番号: [2210 / 7270]
途中で切れたので後ろのほうだけ
>韓国時代から併合後にかけて宮中の財産として管理して来た各道に散在する駅屯土は、その内に多数の国有地があったので整理して国有は国有に帰属せしめた、その面積十万町歩に達し多くは住民に賃貸したが、明治四十三年東拓の設立と共に政府は多数の出資を必要としたので駅屯土を現物出資として提供した。当時の価格は反二十五六円、田十四五円であった、東拓社有地として現在伝えられているものの多くはこの駅屯土である。
ついでにもう一つ
朝鮮統治の一進転機 (一〜三)[社説] (京城日報 1916.2.13-1916.2.15 (大正5))[朝鮮・台湾・満州 3-053]
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00472210&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00472210
(前略)
既往五年間に於ける朝鮮の進歩発達は実に驚異す可きものありて、日韓併合当時永久の厄介版図たる可しと見下げられたるに拘わらず、其の経常歳入の増加は、年々母国の補給金を逓減し、朝鮮総督府特別会計設立の目的たる財政の独立は、大正年度以後著々実行の歩を進め、純然たる独立の実を挙ぐるは、今後三年を出でざらんとすと云うを聞くに至っては、誰れか其の異数なる発達に驚くと同時に、帝国が日韓併合を断行したる目的を貫徹するを慶喜せざるものあらん耶、又商工業の発達も同様目醒ましきものあり、貿易は併合当時に比して二倍し、工業製産品の如きは既往五年間に年額一千五百五十万円より二千九百五十万円に進み、商事会社の投資格は八千五百万円より一億四千万円に増加し、次ぎに農業の進歩を云えば、耕地は日を逐うて其面積を増加し、作物畜産は年々改良増殖の績を挙げ、各種副業の発達と相俟って、其の産額既往五年間に於て殆んど倍加するに至り、今や優に三億円を超え、米穀の如きは之れを内に用いて尚お余りあり、内地及び外国に搬出したるもの、最近一個年間に総額約二千四百万円に上り又懶惰にして其の日暮しに甘んじ、貯蓄迄に心掛け居るは稀なる朝鮮人のことなれば、併合前年度末にて郵便貯金者の数僅々一万四百人にして、其の金額十一万七千二百余円に過ぎざりしが、大正四年度には貯金者の数六十二万六千二百人、其の預金額も亦実に百七十七万三百余円、即ち人員に於て六倍余、金額に於て十二倍余に増加したるが如きは、実に驚く可き好成績と云わざる可からず、又学校の如きは併合当時は一百校にして、生徒は僅かに一万五千に過ぎざりしが、今日は四百十五校にして生徒は六万四千の多きに達せり、漁業高は五百万円、鉱産高は四百万円の増加を見るに至れり、是れ総督政治の成績一斑を挙げたるに過ぎざれども、其の他殖林の増繁、鉄道の発達、道路の改修、港湾の整理等、一々算え来れば枚挙に遑あらず (後略)
>韓国時代から併合後にかけて宮中の財産として管理して来た各道に散在する駅屯土は、その内に多数の国有地があったので整理して国有は国有に帰属せしめた、その面積十万町歩に達し多くは住民に賃貸したが、明治四十三年東拓の設立と共に政府は多数の出資を必要としたので駅屯土を現物出資として提供した。当時の価格は反二十五六円、田十四五円であった、東拓社有地として現在伝えられているものの多くはこの駅屯土である。
ついでにもう一つ
朝鮮統治の一進転機 (一〜三)[社説] (京城日報 1916.2.13-1916.2.15 (大正5))[朝鮮・台湾・満州 3-053]
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00472210&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00472210
(前略)
既往五年間に於ける朝鮮の進歩発達は実に驚異す可きものありて、日韓併合当時永久の厄介版図たる可しと見下げられたるに拘わらず、其の経常歳入の増加は、年々母国の補給金を逓減し、朝鮮総督府特別会計設立の目的たる財政の独立は、大正年度以後著々実行の歩を進め、純然たる独立の実を挙ぐるは、今後三年を出でざらんとすと云うを聞くに至っては、誰れか其の異数なる発達に驚くと同時に、帝国が日韓併合を断行したる目的を貫徹するを慶喜せざるものあらん耶、又商工業の発達も同様目醒ましきものあり、貿易は併合当時に比して二倍し、工業製産品の如きは既往五年間に年額一千五百五十万円より二千九百五十万円に進み、商事会社の投資格は八千五百万円より一億四千万円に増加し、次ぎに農業の進歩を云えば、耕地は日を逐うて其面積を増加し、作物畜産は年々改良増殖の績を挙げ、各種副業の発達と相俟って、其の産額既往五年間に於て殆んど倍加するに至り、今や優に三億円を超え、米穀の如きは之れを内に用いて尚お余りあり、内地及び外国に搬出したるもの、最近一個年間に総額約二千四百万円に上り又懶惰にして其の日暮しに甘んじ、貯蓄迄に心掛け居るは稀なる朝鮮人のことなれば、併合前年度末にて郵便貯金者の数僅々一万四百人にして、其の金額十一万七千二百余円に過ぎざりしが、大正四年度には貯金者の数六十二万六千二百人、其の預金額も亦実に百七十七万三百余円、即ち人員に於て六倍余、金額に於て十二倍余に増加したるが如きは、実に驚く可き好成績と云わざる可からず、又学校の如きは併合当時は一百校にして、生徒は僅かに一万五千に過ぎざりしが、今日は四百十五校にして生徒は六万四千の多きに達せり、漁業高は五百万円、鉱産高は四百万円の増加を見るに至れり、是れ総督政治の成績一斑を挙げたるに過ぎざれども、其の他殖林の増繁、鉄道の発達、道路の改修、港湾の整理等、一々算え来れば枚挙に遑あらず (後略)
これは メッセージ 2209 (monju_jz さん)への返信です.
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