満韓を視察して076
投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2004/06/14 12:36 投稿番号: [1283 / 7270]
威厳を土民に対して十分に保つ為には、同時に内地人に対してもこれを保って行かねばならぬ。内地人に対していい加減にして澄まして居っては、土民に対してのみ独り十分に威厳を立てるということは出来ない。したがって朝鮮の官吏は朝鮮人に対しても内地人に対しても、一見するところ随分威張って居ると言われて居る。したがって中には多少適当の度を越えては居ないかと恐れて居るものもある。例えば総督が一寸日本へでも帰るとか、または日本から帰任したというような場合には、部下の官吏は大挙して送迎に出る。もっともこれは内地でもあることだから致し方ないが、その上に公私の学校までが全体みんな課業を休んで停車場まで送迎に出るというのは、いかがなものであろうか。亜米利加人の経営して居る私立学校のようなものまでが皆この例に倣うのである。別に表向きの命令に出ずるのでは固よりあるまいけれども、少くとも道義上これを強制して居るものらしい。かくまで世間に迷惑を掛くることは、よその国では、〈一国の君主にもないことだ〉。この事は京城ばかりではない。経過駅の釜山でもある。朝釜山を出て馬関に向う連絡船に乗るには前夜京城を発たねばならぬ。而してこの汽車の釜山に着くのは朝の五時である。厳寒の候、朝の五時に、総督がお通りになるからと言って、小学校の生徒までが皆波止場に出て吹き曝しになるのは、いかにも可哀そうでござると、多くの父兄から怨言を聞いた。小学校生徒が規律正しく兵隊のように並んで居るのは、見て気持ちのよいものだという人もあるそうだが官吏の発着毎に子供を引出すのは、いささか極端であるようにも思う。いったい朝鮮では随分と送迎の虚礼が烈しい。今では独り官吏の威厳を保つという意味ばかりではないようだ。総督ばかりではない、例えば山県政務総監〔有朋の■子伊三郎〕とか児玉総務局長〔涼太郎の子の秀雄〕とかの発着にまで、相当に盛んな送迎が行われ、その釜山通過の際の如きは、道長官がはるばる晋州から挨拶に来るを常と
これは メッセージ 1261 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1283.html