ルート
投稿者: I_LoveBakaChon 投稿日時: 2001/07/18 00:23 投稿番号: [8483 / 35788]
「古代の言葉」「古代の言葉2」は引用ですのでお間違えの無きよう。言語に関してはそのとおりだとおもいますが。
私の考えは引用元の方とは違って日本への文化流入には5つのルートがあったというものですなわち
1. 一旦朝鮮半島に入り、ある程度ローカライズされてきてから入った
2. 高句麗人が日本海ルートで出雲から持ち込んだ
3. 中国から朝鮮半島の海岸ルートを経由して直接日本へ持ち込んだ
4. 中国から東シナ海経由で渡来した
5. 越、呉など中国南部から戦乱で難民として台湾沖縄経由で渡来した。
というものです。日本人には色々な顔の人がいて、どうみても南国風の人、朝鮮人顔の人、上海にいるような南方系中国人顔の人、大陸系北方中華な人、おもいっきりモンゴリアンな人、最後にアイヌや沖縄の人のように彫が白人みたいに深い人など様々です。私は日本人とは色んな国からの移民や遺民で構成されているのだと思います。
上の5つのうち、1のように朝鮮半島の文化として入ってきたのは弥生末期〜飛鳥時代までだと思います。それ以前は中国人が主に日本まで渡り日本語を覚えて土着民族として同化していったのでしょう。そして支配階級は朝鮮日本共に中国語がしゃべれたのだと思います。(もちろん普段の会話は日本語ですよ)
また、倭族と韓族は共に華南中国人で九州北部から朝鮮半島南部に渡来してきたのだと思います。おそらくそのころは数多くの小国がひしめき合い、連合国家としてなりたっていたのだと思います。(倭で戦乱があったという記録は大和を中心とする連合国家が出雲などと戦った時のものでしょう)
これは メッセージ 8482 (jirai013 さん)への返信です.
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