>>>>>顔
投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/23 17:03 投稿番号: [22123 / 35788]
>「より生産性の高い生産システムを縄文人も受け入れた」だけじゃないの?
になるとまるで縄文人と弥生人が対等な関係にあったかのように聞こえちゃうじゃないか。
>君はどうしても、縄文人を漫画に出てくるような、生産手段を全く持っていない「典型的な原始人」と規定したいようだけど、そう言うわけではないよ。
憶測だよ。俺は縄文人と弥生人の違いを言うだけで、縄文人がアフリカの土人(これも差別用語になった今日では使いにくいが)のような存在であることには疑いないと思ってるけど。違うかい。
>ごく普通に考えて、弥生人の文化は、彼らがどこの出身であれ、縄文系との融合のもとに日本に広まっていったと想像される。
征服者は被征服者の女を取る。これは長い歴史の中で何度も例が現れるね。よって、縄文人の遺伝子は生き残ったかもしれないが。君は縄文人と弥生人の関係を征服者と被征服者の関係ではなく、仲の良い隣人関係だと思っているらしいが。確かにそうなのだろうか?
>ユスラさんの言う通り、文明と文化は区別する必要があるね。
彼か彼女か知らんが、そいつは僕の質問、文明と文化の違いはなんのかについてまだ答えてないよ。概念も知らん奴らに言われてもな。
>ついでに、君の基準をそのまま使うなら、現在の韓国文化は日本文化よりも下と結論付けざるを得ないんだけど、それでも良いのかな?
日本文化にあって韓国文化にないものは確かにある。例えば、思想の自由。韓国では許されない部分が日本では自由に享受することができる。その分野に限っては日本の方が絶対優位だと思ってるよ。また、現の文化の中は、日本文化と韓国文化とはっきりと区別できるものが少ない。何を持って日本文化というのか?お相撲、寿司、お握り、納豆?食いものばかりになってしまうが、食文化だけをみてもまず、日本の食文化というのが今は雑とも思われるほど国籍不明な状態。俺の論理に従ったら、韓国人の食文化は日本の食文化に同和されてはじめて文化がしただといえるのに、現実はそうなのか?衣服は?其の他は、、
>ただ、君の話はテクノロジー(マネージメントなんかも含まれる)と文化の区別がイマイチついていると思えない。
こういう割には、君の文にもいまいち目立つ点はないよ。(冷笑)
>ただ、大和政権の時代には、朝鮮との交流は必ずしも九州を玄関としていたわけでもない。(山陰から福井県に掛けての地域を玄関にしている)
必ずそうだとは言い切れない。まず、君のこの間言ったとおり、日本海は玄海灘よりあまい海ではない。また、大和朝廷は、百済と密接な関係を保っていたと思われるのだが、百済から山陰よりは百済から近畿の方が良いのではなかったのだろうか。
>農奴制社会かどうかは、生産手段の所有形態と統治システムの問題だから、上記の説明は、分類のあり方と言う観点ではあまり意味がない。
朝鮮社会は君主制度の中、私有財産の形成が始まっていた。更に、資本主義(初期にあたるが)の兆しも見え始めた。こういう社会を農奴制社会だといえるのかな。
>ついでに言えば、大多数の両班と良民が中産階級だったわけではない。
当時、どこへ行ってても今のように中産階級が成長してなかった。身分制度社会での階級は資本主義社会での階級とその意味が違う。貧しくても誇りを持った人間。それが両班だった。両班は経済的な概念ではなく、身分制の中での概念だぞ。因みに朝鮮後期になると身分制度は崩れ、殆どの良人が両班と化する。
>ちなみに、秀吉の朝鮮出兵は、
「中国貿易の利益を独占することを狙った博多商人の強い意向が働いてのこと」
と言われている。
秀吉の馬鹿げた侵略戦争はまた後ほどゆっくり、、
になるとまるで縄文人と弥生人が対等な関係にあったかのように聞こえちゃうじゃないか。
>君はどうしても、縄文人を漫画に出てくるような、生産手段を全く持っていない「典型的な原始人」と規定したいようだけど、そう言うわけではないよ。
憶測だよ。俺は縄文人と弥生人の違いを言うだけで、縄文人がアフリカの土人(これも差別用語になった今日では使いにくいが)のような存在であることには疑いないと思ってるけど。違うかい。
>ごく普通に考えて、弥生人の文化は、彼らがどこの出身であれ、縄文系との融合のもとに日本に広まっていったと想像される。
征服者は被征服者の女を取る。これは長い歴史の中で何度も例が現れるね。よって、縄文人の遺伝子は生き残ったかもしれないが。君は縄文人と弥生人の関係を征服者と被征服者の関係ではなく、仲の良い隣人関係だと思っているらしいが。確かにそうなのだろうか?
>ユスラさんの言う通り、文明と文化は区別する必要があるね。
彼か彼女か知らんが、そいつは僕の質問、文明と文化の違いはなんのかについてまだ答えてないよ。概念も知らん奴らに言われてもな。
>ついでに、君の基準をそのまま使うなら、現在の韓国文化は日本文化よりも下と結論付けざるを得ないんだけど、それでも良いのかな?
日本文化にあって韓国文化にないものは確かにある。例えば、思想の自由。韓国では許されない部分が日本では自由に享受することができる。その分野に限っては日本の方が絶対優位だと思ってるよ。また、現の文化の中は、日本文化と韓国文化とはっきりと区別できるものが少ない。何を持って日本文化というのか?お相撲、寿司、お握り、納豆?食いものばかりになってしまうが、食文化だけをみてもまず、日本の食文化というのが今は雑とも思われるほど国籍不明な状態。俺の論理に従ったら、韓国人の食文化は日本の食文化に同和されてはじめて文化がしただといえるのに、現実はそうなのか?衣服は?其の他は、、
>ただ、君の話はテクノロジー(マネージメントなんかも含まれる)と文化の区別がイマイチついていると思えない。
こういう割には、君の文にもいまいち目立つ点はないよ。(冷笑)
>ただ、大和政権の時代には、朝鮮との交流は必ずしも九州を玄関としていたわけでもない。(山陰から福井県に掛けての地域を玄関にしている)
必ずそうだとは言い切れない。まず、君のこの間言ったとおり、日本海は玄海灘よりあまい海ではない。また、大和朝廷は、百済と密接な関係を保っていたと思われるのだが、百済から山陰よりは百済から近畿の方が良いのではなかったのだろうか。
>農奴制社会かどうかは、生産手段の所有形態と統治システムの問題だから、上記の説明は、分類のあり方と言う観点ではあまり意味がない。
朝鮮社会は君主制度の中、私有財産の形成が始まっていた。更に、資本主義(初期にあたるが)の兆しも見え始めた。こういう社会を農奴制社会だといえるのかな。
>ついでに言えば、大多数の両班と良民が中産階級だったわけではない。
当時、どこへ行ってても今のように中産階級が成長してなかった。身分制度社会での階級は資本主義社会での階級とその意味が違う。貧しくても誇りを持った人間。それが両班だった。両班は経済的な概念ではなく、身分制の中での概念だぞ。因みに朝鮮後期になると身分制度は崩れ、殆どの良人が両班と化する。
>ちなみに、秀吉の朝鮮出兵は、
「中国貿易の利益を独占することを狙った博多商人の強い意向が働いてのこと」
と言われている。
秀吉の馬鹿げた侵略戦争はまた後ほどゆっくり、、
これは メッセージ 22114 (J_Fooker さん)への返信です.