>アイデンティティー
投稿者: takeru50004 投稿日時: 2001/12/28 11:12 投稿番号: [14574 / 35788]
>仏教を信じるものが、それだけの理由で「日本人意識」がないとは言えないし、英文学などの諸外国の文学を勉強し、また経ザイ学など欧米生れの学問に励む人達に日本人意識がないとは言えない。
かつてヨーロッパで行われたラテン語教育について「ヨーロッパの統一感を保持するのに役立った」と評価する人がいます
アジアでラテン語に相当するものが漢文だった、と言ってるわけです
かつての漢文に習熟していた日本人には「自分が東洋人である」と意識していた人がたくさんいましたよ 勿論「自分は東洋人であって日本人ではない」と思っていたわけでは決してなくて「日本人であり、東洋人である」と認識してたわけです 左翼がアジアに対して贖罪意識を感じて「自分はアジア人だ」と言うのとはわけが違う
今の日本人は自分が「アジア人である」という認識はかなり薄いです 漢文という東アジアの教養をもっていないから(自分も漢文の教養はほとんどないです)
日本人は漢文という普遍文明と和歌、俳句などの固有文明の両立てだった それに比して朝鮮は普遍文明が強すぎて固有文明の発達が遅れたんじゃないか、というとです また、朝鮮人意識がまったくなかったとは言ってない(ちょっと言葉足らずだったんでもうしわけない) 人間が自己認識するには様々なレベルがあるわけで、先に述べたかつての日本の知識人が持っていた「東洋人であり日本人である」という意識だって2つの意識が混在してる 時にこの2つの意識は矛盾をきたしたりもするけれども、調和してもいる 朝鮮知識人の場合東洋人であるという、または文明人であるという意識はかなり強くとも朝鮮人意識はさほど強くはなかった、ということです
>日本人意識。これこそ近代に入って人工的に作り上げられたものではないか???
勿論そうですよ というかそれは自分が言ったことです 江戸時代は知識層しか持っていなかった「日本人意識」が学校教育を通じて、全国民に行き渡ったんじゃないかってことを書きました 近代においてはstate(国家)がnation(民族)を強化するってことです この作用はヨーロッパみたいな大陸において顕著なんだけれども、例えばフランス革命時にフランス語を喋れる人は人口の40%に過ぎなかったらしいです そしてその「日本人意識」が近代化に不可欠だった なにしろ戦争にいって戦ってもらわなくてはいけないんだから、死の恐怖を克服するためには幻想が必要ですからね 人間意味のないもののためには死ねないです
>朝鮮人の識者がハングルを蔑んだという証拠はあまり見当たらない。
朝鮮の儒者はハングルを学ぼうとはしなかったですよね それ自体が証拠になるでしょう
あとちょっと蛇足になりますけど、漢文を捨てた日本人も韓国人(韓国人は漢字まで捨てちゃいましたけど)も東アジアレベルでものを考えることはもうできないと思いますね 「東洋人」と言う言葉を聞いても、もはや何のイメージもわかないでしょう DNAが近いってだけの話で 漱石が東洋と言う言葉をリアルなものとして感じていた、あの時代とは違う 具体的に言えばアジア版EUは造れないと思います
>だから、柄谷という人物の論で逃げ道を作らず、御自分の意見を明らかにしてほしいと言ってるんだよ。
自分の意見はもう散々書きました ちょっと自分の書き方も悪くて、柄谷の意見と自分の意見をごっちゃにしてた部分があるんで、申し訳ない あとは彼の本を読んで、自分が書いたものから引いてください それが自分の意見なんで ここらへんで論争はやめにしましょう まだ考え中のことも多々あるんで
かつてヨーロッパで行われたラテン語教育について「ヨーロッパの統一感を保持するのに役立った」と評価する人がいます
アジアでラテン語に相当するものが漢文だった、と言ってるわけです
かつての漢文に習熟していた日本人には「自分が東洋人である」と意識していた人がたくさんいましたよ 勿論「自分は東洋人であって日本人ではない」と思っていたわけでは決してなくて「日本人であり、東洋人である」と認識してたわけです 左翼がアジアに対して贖罪意識を感じて「自分はアジア人だ」と言うのとはわけが違う
今の日本人は自分が「アジア人である」という認識はかなり薄いです 漢文という東アジアの教養をもっていないから(自分も漢文の教養はほとんどないです)
日本人は漢文という普遍文明と和歌、俳句などの固有文明の両立てだった それに比して朝鮮は普遍文明が強すぎて固有文明の発達が遅れたんじゃないか、というとです また、朝鮮人意識がまったくなかったとは言ってない(ちょっと言葉足らずだったんでもうしわけない) 人間が自己認識するには様々なレベルがあるわけで、先に述べたかつての日本の知識人が持っていた「東洋人であり日本人である」という意識だって2つの意識が混在してる 時にこの2つの意識は矛盾をきたしたりもするけれども、調和してもいる 朝鮮知識人の場合東洋人であるという、または文明人であるという意識はかなり強くとも朝鮮人意識はさほど強くはなかった、ということです
>日本人意識。これこそ近代に入って人工的に作り上げられたものではないか???
勿論そうですよ というかそれは自分が言ったことです 江戸時代は知識層しか持っていなかった「日本人意識」が学校教育を通じて、全国民に行き渡ったんじゃないかってことを書きました 近代においてはstate(国家)がnation(民族)を強化するってことです この作用はヨーロッパみたいな大陸において顕著なんだけれども、例えばフランス革命時にフランス語を喋れる人は人口の40%に過ぎなかったらしいです そしてその「日本人意識」が近代化に不可欠だった なにしろ戦争にいって戦ってもらわなくてはいけないんだから、死の恐怖を克服するためには幻想が必要ですからね 人間意味のないもののためには死ねないです
>朝鮮人の識者がハングルを蔑んだという証拠はあまり見当たらない。
朝鮮の儒者はハングルを学ぼうとはしなかったですよね それ自体が証拠になるでしょう
あとちょっと蛇足になりますけど、漢文を捨てた日本人も韓国人(韓国人は漢字まで捨てちゃいましたけど)も東アジアレベルでものを考えることはもうできないと思いますね 「東洋人」と言う言葉を聞いても、もはや何のイメージもわかないでしょう DNAが近いってだけの話で 漱石が東洋と言う言葉をリアルなものとして感じていた、あの時代とは違う 具体的に言えばアジア版EUは造れないと思います
>だから、柄谷という人物の論で逃げ道を作らず、御自分の意見を明らかにしてほしいと言ってるんだよ。
自分の意見はもう散々書きました ちょっと自分の書き方も悪くて、柄谷の意見と自分の意見をごっちゃにしてた部分があるんで、申し訳ない あとは彼の本を読んで、自分が書いたものから引いてください それが自分の意見なんで ここらへんで論争はやめにしましょう まだ考え中のことも多々あるんで
これは メッセージ 14548 (bakajaps さん)への返信です.