>なかなかやる気じゃないか
投稿者: takeru50004 投稿日時: 2001/12/27 15:04 投稿番号: [14529 / 35788]
あのう、ちょっと勘違いしてるみたいだけどこれを言ってるのは柄谷行人だよ
自分が主張してるわけじゃない
日本有数の知識人を自分と同一視されちゃこまるよ
柄谷の本は何冊か読んだけど、別に柄谷信者じゃないし
>民族を成すには言語の統一性は欠かせないものであることは明らかではあるが、それだけが近代民族意識を高めたとは言いきれないのではないか。
それは当然そう だって自分も柄谷の「文学が国を作った」っていう言い方は強引過ぎるんじゃないかって思いますからね
ただ「自国語で書かれた文学の共有が民族形成に重要な役割を果たす」っていうことに関しては賛成できる
というのも今の日本人ってみんな漱石読んだことがあるよね 学校で必ず漱石は読まされるから しかしこういう全国民に共有される教養って、近代以前にはなかった 字の読めない人もたくさんいましたし、江戸時代の教育って町人は寺子屋に通い、武士は藩校に通ったりで、教養はばらばらだった(おそらく最も共有されてた教養って論語だと思うんだけど) 源氏物語なんて単なる好色文学とみなされていたらしい
これは司馬遼太郎の本で読んだんだけど、佐賀藩なんかは勉学に励んでいて、勉強、勉強で大変だったらしい ところが薩摩藩では「勉強をやりすぎると、男らしさが失われる」なんて言って勉強はほどほどにやらせた
ところが江戸時代は多様だったものが明治以降学校制度が作られ、全国民が学校にいくようになった そこで日本人の教養が統一されたんだと思う
明治政府が徴兵制を導入したとき、農民が一揆をおこしている ところが、太平洋戦争時には赤紙がくると近所中がお祝いしてる この違いってのは軍国教育の結果ともいえるけれども、それ以前に「日本人としての自覚」が芽生えたってことだと思うんですよね(学校教育を通じて)
日本に生まれ日本の学校に通う以上日本文学の教養は自然につきます たとえば思考実験として、日本文学はまったく読まない、ロシア文学ばっかり読んでる日本人がいたとしたら、その人は日本のために死んでもいいと思うかな?そもそも日本人であるという意識すらないかもしれない
そう考えていくと「我々」を形成するに最たるものは教養の共有にあるってことです
韓国にも漱石みたいな国民作家がいるわけでしょ?そしてその作品を学校で読むわけだ そうした教養の共有によって強化された民族意識を過去に投影して、蒙古、清、日帝には反抗したはずって思い込んでるんだと思うんだ、韓国人って だけど実際はそうじゃなかったろう 民衆にとっては支配するのがだれであれ関係はないんだから 税金さえ安ければそれでいいってのが民衆ってもんでしょ(この意味で国民と民衆は違う)
ちなみに柄谷の本は「戦前の思考」文芸春秋から出てます
自分が主張してるわけじゃない
日本有数の知識人を自分と同一視されちゃこまるよ
柄谷の本は何冊か読んだけど、別に柄谷信者じゃないし
>民族を成すには言語の統一性は欠かせないものであることは明らかではあるが、それだけが近代民族意識を高めたとは言いきれないのではないか。
それは当然そう だって自分も柄谷の「文学が国を作った」っていう言い方は強引過ぎるんじゃないかって思いますからね
ただ「自国語で書かれた文学の共有が民族形成に重要な役割を果たす」っていうことに関しては賛成できる
というのも今の日本人ってみんな漱石読んだことがあるよね 学校で必ず漱石は読まされるから しかしこういう全国民に共有される教養って、近代以前にはなかった 字の読めない人もたくさんいましたし、江戸時代の教育って町人は寺子屋に通い、武士は藩校に通ったりで、教養はばらばらだった(おそらく最も共有されてた教養って論語だと思うんだけど) 源氏物語なんて単なる好色文学とみなされていたらしい
これは司馬遼太郎の本で読んだんだけど、佐賀藩なんかは勉学に励んでいて、勉強、勉強で大変だったらしい ところが薩摩藩では「勉強をやりすぎると、男らしさが失われる」なんて言って勉強はほどほどにやらせた
ところが江戸時代は多様だったものが明治以降学校制度が作られ、全国民が学校にいくようになった そこで日本人の教養が統一されたんだと思う
明治政府が徴兵制を導入したとき、農民が一揆をおこしている ところが、太平洋戦争時には赤紙がくると近所中がお祝いしてる この違いってのは軍国教育の結果ともいえるけれども、それ以前に「日本人としての自覚」が芽生えたってことだと思うんですよね(学校教育を通じて)
日本に生まれ日本の学校に通う以上日本文学の教養は自然につきます たとえば思考実験として、日本文学はまったく読まない、ロシア文学ばっかり読んでる日本人がいたとしたら、その人は日本のために死んでもいいと思うかな?そもそも日本人であるという意識すらないかもしれない
そう考えていくと「我々」を形成するに最たるものは教養の共有にあるってことです
韓国にも漱石みたいな国民作家がいるわけでしょ?そしてその作品を学校で読むわけだ そうした教養の共有によって強化された民族意識を過去に投影して、蒙古、清、日帝には反抗したはずって思い込んでるんだと思うんだ、韓国人って だけど実際はそうじゃなかったろう 民衆にとっては支配するのがだれであれ関係はないんだから 税金さえ安ければそれでいいってのが民衆ってもんでしょ(この意味で国民と民衆は違う)
ちなみに柄谷の本は「戦前の思考」文芸春秋から出てます
これは メッセージ 14501 (bakajaps さん)への返信です.